お口を開けて
第1話 洋梨のミルフィーユ

ふんわりと焼き上げられたシュー生地。
その間にはフレッシュなカスタードクリームと生クリームの層。
そして、クリームの中からは洋酒の香りが上品に香る洋梨のコンポートが出現する。

私は一口食べただけで、感嘆の声を上げた。

「ゆかりさん、私、生きてて良かったです…!!」
「大げさね。喜羅(きら)ちゃんに言わせておいたら、この世は生きがいで溢れかえってるわ」

口の中でとろけるようなクリームと、香ばしいシュー生地をもぐもぐと味わいながら、この先輩OLのひと言に反論する。

「そんなことないですよ。HARBS(ハーブス)の洋梨のミルフィーユは特別ですっ!定番のフルーツがたっくさん挟まってるミルクレープも捨てがたいですが、やっぱり秋にしかお目にかかれないコレですよ!ミルフィーユと言ってもシュー生地だから重くないし、何と言ってもこの香り豊かなクリーム!!あー、生きてて良かった!!」
「喜羅ちゃんはいちいち大げさなのよ…。少し前にも同じこと言ってなかった?」
「あー、夏限定のメロンケーキの時ですね!あれは、日本に夏があってよかった、です」
「どっちにせよ、大げさね。せめて、名古屋に生まれて良かった、くらいじゃない?」
「私、市内出身じゃないですもん」
「そこ、こだわる?似たようなもんじゃないの」
「いやいやいや、ゆかりさんみたいな生粋の名古屋人を前にして、私ごときが名古屋生まれを名乗るなんて、おこがましい!」
「その持ち上げ方、逆に感じ悪いわよ。じゃあ、この会社に勤めて良かった!くらいかしら?買ってきたのはうちの、スイーツ部長だから」
「そうですね。訂正します。この会社選んでホントに良かったです!!最初はこんなじみーな会社嫌だったんです。でも、就職難だし、まあ仕方ないかって。まさか毎週のようにこんな美味しいスイーツにありつける“美味しい”職場だとは思いませんでした」
「喜羅ちゃん、本心がただ漏れすぎ。でもほんとにスイーツ部長様々よね~?」
「はい!それは、もう。私、三井喜羅(みつい きら)不束者ではありますが、部長に一生付いていく所存であります!」

パーテーションで区切られた休憩スペースから、わざと聞こえるように部長をヨイショする。普通のボリュームで話していてもほとんどの会話は耳に入ってしまうほどの小さな事務所だ。部長が小声で「軍隊じゃねぇんだから」と笑ったのも丸聞こえだ。
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