この空の向こうに
1、お茶は好きですか?
 11月とは言えど、昼間の日差しはまだ暖かい。力仕事をしていると尚更だ。

 夕方になるとこの場所はロウソクで彩られる。俺はその準備に駆り出され、さっきから荷物を運んで行ったり来たりを繰り返している。
 単純な仕事の繰り返しだが、実はそんなに嫌いではない。嫌いではないが、特に好きでもない。

 どうしてここに居るかは自分でもよく分からないが、朝の目覚まし変わりの親父の声が、今日の俺の予定を勝手に決めた。
大体いつもそうだ。何かイベントがあると、俺は必ず動員される。きっと予定も無く家で寝転んでいる俺の土曜日を、親父は見透かしているんだろう。

この時だけは「部活でもやっときゃ良かった」って思う。

 家の仕事を七夕の時ぐらいしか手伝わされない大介を羨ましく思ったりもするが、部活で週末を潰している野球バカの姿を思い起こすと、そんな羨ましさは瞬く間に吹っ飛ぶ。

「ったく、あと何往復すりゃいいんだ?っつうの」

独り言の様に呟いたが、準備をしている親父の知り合いの耳に入ったようだ。

「駿、文句言うなぁ。コレも6代目としての立派な仕事だぞぉ。終わったら美味しいビールが待ってるって。」

 ロウソクの準備をしながら笑顔で話しかける大人は、商工会議所青年部の人だ。「青年部」と言っても、とても「青年」ではない。

「拓さん、ビールって、オレ、未成年ですって」

 水の入った重いタンクを抱えた俺の定番の返事に、イタズラっぽい笑顔で拓さんは答えた。
「あぁ、そっかそっか。でもさぁ早く駿と飲みたいねぇ。親父も強ぇから、お前もそうなんだろうなぁ」

 さっきから、10回ほど往復しているこの場所は、2年前に再開発された駅前だ。

 「駅前広場」というそのまんまの名称だが、コンクリートでアプローチが舗装され、アプローチに沿うように樹木や芝生が植栽されている。周囲にはマンションが立ち並び、その下層にはコンビニや牛丼屋などが軒を連ねる。昔は白線すらないような無法地帯のロータリーだったが、今は一方通行のロータリーと、その上にはデッキが作られ、駅と公共施設や商業施設を繋いでいる。
今夜はこの「駅前広場」で、一年に一回の「キャンドルナイト」というイベントが開催される。
 
 この「キャンドルナイト」で、俺の親父は店を出すらしい。自分が散々運んだ荷物を見る限り、ウチで作っている緑茶や紅茶、それに抹茶水もあるようだ。

 
 ウチの家業は「お茶農家」。
 
 100年以上前から代々続き、親父は5代目で、このままの展開だと俺が6代目になるらしい。さっきの拓さんの「6代目」は、そういう意味だ。
親父がどう思っているかは知らないが、少なくとも周囲の人達がそう思っているのは、今日に限った事でなく、物心がつく時分から感じている。
今朝の親父のモーニングコール同様に、なんだか予定を決められているみたいだ。

 タンクを出店場所に置いて一つ息をつくと、後ろから今朝のモーニングコールと同じ声がした。

「おーい、駿。お疲れ様。悪いねぇ、ありがとありがと。あれ?これで全部?」

なんだか知らんが、親父はいつも軽い調子だ。

「いや、まだあるって。っていうか、台車とか無いの?コレ?息子を殺す気か?」

「あれれぇ〜、台車もクルマに積んであるよ。ちゃんと見た?」

額から落ちる汗が、一瞬引いた。

「どこにあんだよ!後ろには無かったぞ!」

「えー。昨日のウチに積んどいたって」

俺は嫌な予感がした。

「おかしいなぁ」とブツブツ言いながらクルマに戻る親父を眺めていると、ステップワゴンのハッチバックを開けて5代目のオッサンが笑っている。

「ほら〜、駿!あるじゃないかぁ!一番下にぃ〜」
叫ぶ5代目の声は、俺のカラダを凍りつかせた。
特に最後の「一番下にぃ〜」は、脳まで凍結させて、怒りの思考を停止させたようだった。

 予感は的中。
「台車を一番下に積み込んでどうすんだっ?」っていう抵抗は、声にもならなかった。

 親父はお構いなしに、上の荷物を順番に車外へ運び出し、最後に台車を降ろした。
「もう、駿〜、よく見てよ〜」と言いながら、台車の取っ手を立てて、荷物を積んでいく。

 放心状態と言うより、この10往復で得るものがあったかどうか?を考えていたが、探し終わる前に親父からお呼びが掛かった。
「じゃ、クルマは駐車場に移動するから、この台車はよろしくね」

 黒いステップワゴンは、俺の返事を聞く前に走り去った。

「んだよ、台車を荷物で隠してどうすんだよ」

 今頃になってやっと文句が出た。

 周りをみるとキャンドルは綺麗に並べられ、あとは点火を待つだけのようだった。会場のメインとなる広場上段では複数の店舗の準備が始まり、なんとなく人が集まる雰囲気が整ってきている。
 だいぶ日が傾き、マンションの間から強く吹く風に少し冷たさを覚えた。
「温かいお茶が結構でるかもな…」
 あまりヤル気は無いのに、販売の事を心配している自分に対して、ちょっと可笑しかった。

 


 
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