ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
「あの……。私は、そうは思わないです」

「は?」
「隼人さんのことはよくわからないけど、ピアニストも看護師も簡単なことではないでしょ?」
「……さぁ」
「もしかするとたくさん苦しんだから、人を助けたり、あんなに人の心に寄り添える音楽が弾けるのかも」
「何勝手なこと……」
「勝手でいいですよ。私が思うだけ」
「お前な」
「だって、少なくとも私は元気になれたから」
「それは単純だからだろ」

ぶっきらぼうに言う彼に、私はふるふると顔を振った。

「この手はきっと、魔法の手ですね」

私が励まされたのは事実だもん。
もしかしたら、彼が優しいから音色も優しいのかな。
大きくて綺麗な手をそっと取り、この人も私みたいに素直じゃないだけなのかも、なんて自惚れて自然に柔らかく微笑んだ。

「……っ」
「はっ!私っ」

今どき魔法の手なんて、イタすぎるから!
顔が沸騰するのを感じ両手で頬を覆い隠すと、大きな掌が私の髪をくしゃりと撫でた。

「お前、やっぱり面白いね」
「……え?」

やっぱり、って?
隼人さんは突然お腹を抱えて、ケラケラと笑いだす。
なかなか崩れなかった彼の表情に、ドクンと胸の中がはじけとんだ。

「……っ」

そんな笑顔反則だってば。
あんまり喋ると私に勘違いされちゃうよ?

私、恋愛はお休みなんだから。
……惑わさないでほしいのに。

頬が、熱い。
もう胸が、苦しい。



一人胸の昂りに戸惑っていると、隼人さんの電話が鳴った。

「はい。あぁ、軽い捻挫かな。…………了解。案内しとく」

「?」

私のことかな?
隼人さんはスマホを耳に当てながら私をじっと見つめるので、不思議に思い首を傾げる。

「昂が、部屋取ったから泊まってけって」
「……部屋?」
「その足じゃ不便だろ。土日ここでゆっくりしてけば?」
「えっ!?そんな、大丈夫です!」

ここでって!
ここ、お金持ちの人やお金持ちの人やお金持ちの人が宿泊する有名なホテルだよ?

「慰謝料じゃん?もらっとけよ」
「さすがにそこまでは……。そもそも私が上手くかわせば良かったことだし」
「……は?」
「騒ぎになっちゃって。皆さんに悪いことしちゃいましたね……」
「呆れたお人好しだな」
「いえ、ただのドジです」
「ふーん」
「あっ!隼人さんこそ、あの、仕事中だったのに。本当にすみませんでした」

きっと隼人さんのピアノを聴きたい人だっていたはず。
申し訳なさすぎて、私はできる限り深々と頭を下げた。
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