煩い顔。煩いオマエ。煩い心臓。

人間の性

────四条 向陽視点

『何なんだよっ……いきなりあんな……あんなことしやがって……!誰か見てたらシャレになんねぇだろっ!!』

風呂場へたどり着いた俺らは、制服を脱ぎ始める。渡り廊下での1件で、俺の顔は今熱を帯びている状態だ。ネクタイを雑に取り払い、脱衣カゴへと投げ入れた。脱衣カゴの中には浴衣がバスタオルなどと一緒に、綺麗に折りたたんで入っていた。ズボンのベルトに手をかけるとき、ふと黒永の方に目をやる。

「よっ……ふぅ……。」

「っ……。」

『う、わ……すご……。』

黒永はシャツを脱ぎ、下着のタンクトップを脱いでいるところだった。まず目がいくのは、凄まじい火傷跡。あの話がまた脳裏をよぎる。ダメだと思っていても思わず見入ってしまうほどに、それは酷いものだった。

「ん?」

「っ!!」

黒永が頭に疑問符を浮かべるように俺の方を見る。俺は傷跡を見ていることに気付かれたと思い、サッと首を反対方向へと向けた。

「……っ。」

「……あぁ、コレ見てたのか。他人に晒すのは、身内以外で初めてだな。」

「っ……悪い……。」

「謝んなくていい。自然と目がいくのは当然だ。それに、お前になら……見られても平気だ。」

黒永は微笑むと、容赦なくズボンを下ろし下着姿となった。その行為に俺は少し驚いてしまい、ビクッと肩を震わせてしまった。俺に見られていることを、本当に気にしていないようだった。

『つか、大胆過ぎだろ……いくら俺らしかいねぇからって……。』

「っ……お前なぁ……。」

「ん?なんだよ。」

「もうちょっとこう……恥じらいとかはねぇのかよ……。」

「……互いのナニを見たってのに、今更何言ってるんだ?俺の下着より、もっとすごいもの見てるだろ?」

「っ……!」

悪戯な笑みを見せる黒永は、タオルを腰に巻くと下着を脱ぎ始めた。それもゆっくりと見せつけるように。俺は黒永のすることに硬直してしまい、恥ずかしくても目を背けることが出来なかった。変な汗が出て、顔が熱い。何故か唾液が口内から溢れ出る。それがこぼれぬように音を鳴らして飲み込んだ。

「はっ……そんなに見られると、照れるなぁ……それとも誘ってんのか?このタオルは、無くてもいいって?」

「ちっ……違うわっ!勘違いしてんじゃねぇぞ!このドS!ド変態!」

「ド変態とは心外だな。コウだって学校でサカってたくせに。つーか、さっさと風呂入ろうぜ。寒い。」

そう言うと黒永は風呂の入口に手をかけ、引き戸を引いた。

「おぉー、でっけぇ風呂だー。」

「てめっ……勝手に行くんじゃねぇ!!」

俺は急いで服を脱ぎ捨て、黒永の後を追った。

「────はぁ……いい湯だ……。」

「ははっ、ジジくせぇな。湯加減はどうですかー雨じいさーん。」

「うるせー……。」

一般の家庭よりはかなり大きな風呂。銭湯のような作りになっているでっかい風呂に2人きり。湯船に浸かる黒永が、頭にタオルを乗せてこちらを見ている。

「……なんだよ……じっと見つめて。」

「んー?……いや、特に何もないけど……やっぱ綺麗なボディーラインしてるよなぁって思ってな。」

「っ……んだよそれ……俺は女じゃねぇぞ。」

「いや真面目な話。運動部にはぜひ欲しい体格ってとこだな。腹筋と背筋の配列も、特に
僧帽筋と三角筋と上腕二頭筋のつき方が綺麗だな。バレー部だから、大腿四頭筋辺りは物足りんが。下腿三頭筋はもう少しあってもいいくらいだ……。」

「っ??じゅ、呪文か……?」

「呪文じゃない、筋肉の名前だ。保健体育で習っただろ?」

「そんなん……習ったか……?」

「まぁ、俺は好きで覚えたんだけどな。絵もよく描くし、人体を細かく見るのは面白いし……これって、対象が女だったらセクハラになるのか?」

「……ぷっ、変わってんなほんと、面白いやつ。」

俺は改めて変なやつだなと思った。なんせ、このやり取りの間も、黒永は眉1つ動かさずに語っているのだから。淡々と語るその姿は、傍から見れば無愛想で感情のこもっていないように見えるが、俺から見れば、顔に出せない不器用なやつに見える。実際はどうか分からないけど、そんな黒永を心から……。

『……好きだ……。』

「っ……!」

そして俺自身も、1人で考えて、1人で赤くなって、自分も相当変で面倒なやつだと自覚したのだった。

「ん……どうした?」

「べっ……別に、なんでもねぇ……。」

「……顔見せて。」

「っ!」

黒永の手が、俺のあごを捉えて黒永の顔の方へ向ける。熱に赤らめた頬が、余計にいやらしく見えるのは俺だけなのか?滴る水と、少し浅くなった呼吸が、俺の胸の鼓動を速める。水も滴るいい男とは、こいつのことだと思う。

「はっ……それはのぼせてるのか?それとも……なに?」

「くっ……のぼせてんだよっ!悪いか!!」

「ククっ……可愛くねぇやつ……もう少し素直になったらどうだ?こんな風に……っ。」

「んっ……!」

黒永は強引に身を寄せ、唇を塞いだ。吸い付いたと思ったら、舌で唇をこじ開けられ、中へと容赦なく侵入してくる。

「んむっ……ふっ……ぁ…っ……っはぁ……!」

「っ……素直に鳴けばいいのによ。お前、今最高にエロい顔してるぞ?」

「っ……くっそ……不意打ちは卑怯だぞっ……!」

「お前な……好きなやつと2人きりで、裸で風呂入ってて、欲情しないやつがいるか?これでも結構、我慢してるんだぞ。」

「なっ……!……は……だよ……。」

「何?」

「っ……恥ずいんだっつってるだろ!!」

俺は浴槽から勢いよく立ち上がり、湯船から出る。

「おい、どこ行くんだ。」

「あぁ!?髪洗うだけだっつーの!!」

「いちいち大声出すなよ……響くんだから……。」

「っせぇな!こっちはいっぱいいっぱいなんだよ!いきなりきっ……き、すとかしてきやがって、恥ずいに決まってんだろっ!!」

「……。」

「だいたい、いい声でっ……鳴くってなんだよっ……っ……てめぇのキスは嫌いだっ!!」

「!?……っ……そうかよ。」

ここで初めて黒永の表情が動いた。一瞬目を見開いたかと思うと、顔を伏せた。

「……下手だったか?それとも……嫌なのか?」

その声は驚くほど弱々しくして、さっきまでの威勢が嘘のようだった。

「っ……違っ……そういう、意味じゃ……!」

『違うっ……そうじゃない……!』

俺は黒永の前にいくと、黒永の目線に合わせるようにしゃがんだ。

「お前の……お前のキス、は……お前の、言いなりになっちまうから……嫌なんだよ……下手、とかじゃなくて……。」

「……。」

「だから、その……悪かったよ……ちょっと言いすぎた……ごめん。」

「っ!」

俺は少しためらいながらも、黒永の顔を引き寄せ口を重ねた。ぺろりと唇舐め、少し吸い付いた。風呂場の熱気で暑いのか、恥じらいで暑いのか、もう分からない。

「ふっ……っ……嫌いじゃ……ねぇ、から……。」

「……可愛いこと、してくれるじゃないか……おかげてもう、理性がぶっ飛びそうだ。下手したら、お前に手出しちまうかも……。」

「なっ……人が謝ってんのに、なんだよ……。」

「……ははっ、ごめんごめん。あまりにも可愛いかったから、どうしてもいじめたくなっちまうんだ。でも……さっきのは流石に、こたえた……っていうか……俺、風呂から出られなくなる……。」

「は……?何言って……。」

「割と真面目に、勃つから……俺も自制するけど……あんまもう、可愛いことすんな……。」

「たっ……!?」

「だから、な?こういうことは風呂出てから、たっぷりしようじゃねぇか。」

「はぁっ!?」

そう言うと黒永は苦笑いをして、湯船から立ち上がった。

「髪、洗ってやるよ。こっち来い。」

「あ……。」

俺は手を引かれ、椅子に座らされて、慣れた手付きで洗髪された。それはとても心地いいもので、ついウトウトしてしまうくらいだった。

「痒いとこ、ない?」

「おう……お前って……ほんとハイスペックで……俺にはもったいなさすぎるぜ……。」

「それは褒めてるのか?」

「褒めてるに決まってんだろ。ありえねぇぐらい心広いし、優しいし、強ぇし、かっこいいし……マジで……なんで彼女とか作んねぇの?」

「おいおい、俺に彼女が出来たら、お前泣くんじゃねぇの?」

「なっ、泣かねぇよっ!そんなに俺は女々しくねぇ!」

「だったらいいけど。お前、結構感情の上がり下がりが激しいから、ちょっと心配なんだよ。」

「心配?」

黒永はピクリと手を止める。しばしの沈黙があると、黒永は言いずらそうに口を開く。

「言ったろ……お前に嘘ついたって。お前が嘘とか誤魔化しが嫌いなのは、分かってるつもりだ。でも俺は……。」

「……雨……。」

「……ははっ、俺はお前みたいに、素直になれないんだ。ごめんな。」

俺は鏡越しに見た黒永の顔にゾッとする。黒永の顔は笑っていた。いつか保健室で見た、仮面のような笑顔。

『っ……また、その顔……。』

「なんで……そんな顔すんだよ……辛いなら、辛そうな顔しろっての……。」

俺は黒永に聞こえないように小さく呟いた。大きな声ではこんなこと言えなかった。黒永が辛いことを多く経験しているのは、さっきの親父の話で充分に理解した。だから余計に、こんな何も知らない部外者が言うのも気が引ける。

「ん……?なんて言ったんだ?」

「……なんでもねぇよ。つーかいつまでシャンプーしてんだよ。髪ゴワッゴワになっちまうだろ。」

「分かってる。髪流すぞ、目つぶれ。」

「ん。」

シャワーのお湯が、頭についた泡を流していく。

『このお湯みてぇに……全部のこと水に流せるぐらい軽い話だったらなぁ……。』

「……はぁ……。」

「おい、リンスもすんのか?」

「え?あっ、おう……よろしく頼む。」

「了解。」

『今は……この話はやめよ……。』

心地よくポンプを押す音が響く。せっかくの恋人同士で、和やかな雰囲気になったのを壊したくはなかった。

「……綺麗な髪だな。」

「んー?そうでもねぇぞー?」

「あと、これ自毛なのか?」

「あぁ?そうだけど……まぁ、日本人にしちゃ明るすぎる髪色だよな。」

「染めてるにしちゃ綺麗すぎると思ったんだ。染めてたら、こんなにサラサラじゃないしな。」

スルスルと髪の間を、黒永の指が通り抜ける。その手つきはまるで美容院にいるように思わせるほど、かなり上手いものだった。

「なぁ、お前誰かの髪洗ったりしてたか?めっちゃ上手いんだけど。」

「んー、まぁ洗ってたけど……だいぶ前の話だからな……ガキのころに、母さんの髪を洗ったりしてたんだ。」

「へぇ……だから上手いのか。」

「そう言ってもらえると、嬉しいな。」

すると黒永は、さっきとは違った心からの笑みをこぼした。俺は黒永のその笑顔を見て安心した。

『あ……嬉しそう。やっぱりこっちの顔の方が……。』

「ひぁっ……!」

「えっ……。」

不意に、黒永の指が俺の首をかすめる。思わず変な声をあげてしまった。

「っっ……!!いっ……今のは……今のは、忘れろっ……今のなし!」

「……今のは……あーもう、かなりヤバイんだが……マジもうこれ以上はやめてくれよ……。」

「うっせぇなっ!!こっちだってこんなことになるとは思わなかったわ!悪かったなどーも!!」

「ふふっ……首、弱い?」

「っ……今絶対……ヤバイこと考えてる……!」

「ん?なんて?」

「っ……なんでもねぇ。おい、お前も洗ってやっから、変われ!」

「うおっ……!」

こうして、2人で洗いあいっこをしたあと、湯船で少しくだらない話をした。その時間は思った以上に早く過ぎ、出るころには少しのぼせている状態だった。

「────あー……マジしんどい……。」

「お前大丈夫か?」

「なんでオメェはピンピンしてんだ……同じ時間入ってたはずなのによ……。」
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