煩い顔。煩いオマエ。煩い心臓。

2人の関係

「若、おはようございます。」

「……あ、おう。」

『……あれ、なんで俺……俺んちに……確か昨日は……。』

「……っ!!???」

「わっ、若!?」

『わあああああああああああああっ!!』

次の日の朝、やけに目覚めのよい朝にとんでもない記憶がよみがえった。俺は布団に顔を埋めて言葉にならない叫び声をあげた。顔から火が出そうだ。

「あの……若……大丈夫ですか?」

「っ……問題…ない……。」

なんとか気を取り直して、何事もなかったかのように偽る。

「……そうですか……昨日は、○○○駅で転んで頭を打ったそうですね。私の見解では特に問題はなさそうですが、大丈夫ですか?」

『駅で転け……あぁ……なるほど……。』

「あぁ、大丈夫だ。」

「それで、顔に火傷あとのあるご友人から伝言を預かっています。」

「あ?」

「守れなくて悪かった。今回のことは本当に申し訳ない。だそうですが、意味わかりますか?」

『っ……あいつっ……!』

俺はいてもたってもいられなくなり、いつもの倍の速度で学校の支度をした。この行動にシゲは驚く。

「……若っ……ほんと、どうされたんです?」

「あぁ!?支度してんだよ!さっさと車回してこい!」

「……ついに、若が1人でっ……はいっ!車出してきますっ!!」

喜んだ顔でシゲは俺の部屋から出ていった。

『あんな屈辱っ……今すぐ消してぇ……!』

「っ……絶対……許さねぇからなっ……!」

いつもより少し余裕のある登校は久しぶりで、シゲも始めのうちは喜んでいたが、少しずつ笑顔は消え、俺の態度をチラ見しながら運転する。

「────若……何か、あったんですか?」

「……なんでもねぇ……。」

「……はぁ……。」

『ほぼ初対面のやつとナニかあったなんて、言えるわけねぇだろっ……!』

窓の外を見ても、ケータイを見ても、目をつぶるだけであの忌まわしい記憶がよみがえった。そして、自分でもそこまで嫌でなかったことに腹が立つ。

『よかったとか……口が裂けてもっ……。』

「……言えるわけ……!」

「……?」

モヤモヤが収まらないまま学校に到着し、自分のクラスへと階段を駆け上がった。

「────っ……くろながぁぁあっ!!!」

「えっ……。」

俺は叫びながらドアを開けた。そして、黒永の顔面に拳を入れた。鈍い音を響かせて、椅子から転げ落ちた。

「ぐっ……痛っ……!!」

「ふっざけんなよ!!なにが申し訳ないだぁ!?あのとき俺は大丈夫だって言ったろうがっ!!」

「コウっ!落ち着けっての!暴力はだめだ!」

「うるせぇっ!!離せ大葉!!」

大葉が後ろから俺を抑えて、教室にいたやつらは恐怖と驚きを隠せない。

「なんだなんだ!?喧嘩か!?」

隣のクラスからも続々とギャラリーが増え、その中には田城もいた。

「……どうかしたのか!?あっ、雨!?大丈夫かよ!?血が……おいコウ!!テメェ昨日言ってたことと違ぇだろ!なにやってんだ!」

「外野は黙ってろ!!俺は、こいつを殺すか……なんかしねぇと収まんねぇ……っ!!」

「うわっ……よせコウっ!!」

俺は大葉の腕を振り払い、黒永の胸ぐらを掴み引き上げた。そのまま拳を振り上げ、また顔を殴ろうとした。

「なっ……に……?」

「嘘だろ……あいつ……。」

「すっげぇぇー!!」

黒永は片手で俺の拳を見事に止めた。

「……四条、不満があるのは分かっている。けど場所が悪いだろ。」

「っ……。」

黒永は立ち上がり胸ぐらにある俺の手を掴んで、静かな声で言った。

「放課後、屋上に来いよ。殺しに来るんだろ?受けて立つ。」

「……上等じゃねぇか……ヤクザに喧嘩売るなんて、いい度胸だなテメェ……。」
             ・・・・
「授業中は静かにしてろよ。四条向陽くん。」

「っ……このっ……いちいちムカつく野郎だぜ……!」

2人の間には火花が走る。その日の授業はお互いそっぽを向き、昼休みはバラバラの場所で食べた。この2人の険悪な空気は、重苦しく、居心地は最悪だ。俺らは周りから何を聞かれても答えず、放課後まで持ち越した。

「────それじゃあ、行ってくる。」

「待て……考え直せ。コウの腕はかなりのものだ。下手したら……病院送りだぞ?」

「そうだぞ雨!俺は中学からあいつと一緒にいるけど、負けてるとこはまず見たことねぇ!俺ですら、勝ったことあるのは数えるぐらいしかねぇ!やめとけ雨!」

「……俺にはもう、失うものはなにも…ないんだ。」

「……えっ。」

「……いや、気にするな……なんでもない。」

黒永は相変わらずの無表情で、俺のいる屋上へと向かっていった。

「────遅かったな、黒永。」

「お前の連れに止められてたんだよ。」

「で?お前は俺に何をしてくれるんだ。」

「……殺すんだろ。俺を。」

黒永は、悲しい顔をしていた。なにもかも無くしたような顔をして、俺に近づいてきた。さっきまでの威圧感や殺気は嘘のようだった。

「寄るなっ!!」

俺は腕1本分の距離まで来た黒永を止めた。言われたとおり、黒永は足を止めた。

「……どうしたら、許してくれるんだ。」

「あぁ?土下座して許しを請えよ。」

すると黒永は床に膝をついた。俺は驚いてしまった。冗談のはずだったのが、ここまで馬鹿正直に言うことを聞いたのは初めてのことだ。

「ちょっ、ちょっと待てっ!!」

「……。」

正座をした状態で俺を見上げる。

「……ほんと……なんでも言うこと聞いちまうなんて、お前馬鹿じゃねぇの?」

「四条だって、あのとき鍵はしないし、ケータイのロックはかかってないし、俺にあんなことするのを許したのも……。」

「あれは許した訳じゃねぇっ!!お前が、勝手にっ……。」

「勝手に?よさそうにしてただろ。『イかせて』って泣きついた淫乱はどこのどいつだ?俺は時間を短縮させるために手伝ってやっただけだ。」

「なっ……このっ……!!」

また俺は殴ってしまった。さっきより力を込めて。黒永は床に倒れこんだ。

『ヤベッ……!』

倒れた黒永は殴られた顔をさすりながら、口から血を流し、また正座になった。

『っ……どういう、神経してんだよ……こいつ。』

「……どうした。殺すんじゃないのか。」

「てめっ……頭どうかしてんじゃ……。」

「土下座して許しを請えと言ったのも、殺してやるって言ったのもお前だ。」

そう言うと黒永は立ち上がり、俺に近づいてきた。俺は後退りをして背後のフェンスまで下がり、フェンスに寄りかかる状態になった。黒永は手をフェンスに引っかけて、顔と顔との距離があと数センチのところまで近くにいる。

「死ぬことを知らないボンボンが、殺すとか……そう簡単に言ってんじゃねぇよ。いくらヤクザの息子でもな。」

「っ……。」

「それに昨日のことは、善意でやったつもりだ。苦しみから解放してやりたかっただけ。言っただろ、新しいクラスの新しい友達だったから……だから……。」

『……その顔は、やめろ……。』

黒永は顔を真っ赤にして告げた。

「忘れようと……思ってたのに、なんで掘り返すんだ……馬鹿……。」

一気に心拍数が跳ね上がった。それはお互いに同じだろう。双方が顔を真っ赤にして見つめっていた。そんな、さっきとはまた違った重苦しい空気に息が詰まりそうだ。今までの怒りや憎しみは、この空気のせいでどこかへ消えてしまった。

「……悪かった……もうお前とは、関わらないようにする。」

先に口を開いたのは黒永だ。フェンスから手を離し、前髪をくしゃっと手で掴み、赤くなった顔を隠すようにうつむいた。

『結局、こうやって俺は誰かに迷惑かけねぇと生きていけねぇのかよ……!』

「……チッ……ガキかよ俺は……!」

「っ……!!」

勢いよく胸ぐらを掴んで額同士をぶつけた。ゴツンと鈍い音がして、痛かった。

「ゴチャゴチャ言って悪かったなっ!お前が俺を殴ってチャラだ!分かったか!?」

「痛っ……?」

『あぁああぁもう!心臓うるせぇっ!!』

「おら!殴れ!!」

俺は掴んでいた制服を離し、歯をくいしばって目をつむった。ふっ飛ぶのを覚悟に踏ん張っている。

「……じゃあ……。」

『来るか……!』

その後感じたのは頭部への軽い衝撃だった。

「えっ……。」

唖然としていると、無愛想で少し小馬鹿にしたいつもの無表情で、黒永は軽くチョップをしていた。

「これで、チャラにはならないか?」

いや、そのとき見たのは、軽く口角が上がり、少し目がハの字になった、微笑む黒永だ。

「っ……馬鹿にしてるのか……?」

「俺は……小心者なんだよ。ヤクザの息子に手上げて、報復を受けるのはごめんだからな。」

『嘘つけっ!あれだけ大胆なことしといてっ!!』

「……小心者……。」

でも、なんだか可笑しくなってしまって、突然と笑いが込み上げてきた。

「っ…ははっ……あはははっ!!」

「っ?」

「はぁっ……お前って……変なやつだよな。」

「……よく言われる。四条こそ、変わり者だろ。」

「お前よりマシだっつーの。」

「ふふっ……お互い様だ。」

笑い合い、すべて終わったかのように見えた。しかし教室に戻ってくると、心配していた田城と、ド怒りの大葉が待っていた。

「────雨!無事だったか!うわっ、痛っそ~……口んなか切れてんじゃねぇ?大丈夫か?」

言われた黒永は口をモゴモゴ動かし、そして痛みに苦い顔をした。どうらや傷口を舌で舐めて自爆したようだ。

「っ……切れ…てる……。」

「ほら!喧嘩未経験者に容赦なく拳当てやがって、怪我させて、男として恥ずかしくねぇのか?」

「わっ、悪かったっての……そんなに怒るなよ大葉、病院送りにはなってねぇだろ……。」

「そういう問題じゃねぇんだよ。」

眉を吊り上げた大葉は、俺を正座させて説教している。

「大葉、そこまで怒らなくても四条は反省している。元をたどれば俺にも問題があった。互いに納得したから、もう大丈夫だ。」

「しかしなぁ、こいつは馬鹿だからまたやっちまうかもしれないんだぞ?ちゃんと甘やかさずにしつけねぇと面倒だぞ?」

すると、黒永は真顔で答えた。

「面倒事は承知の上だ。そうでないと、高校生活腐ったもんだ。」

「なんか、雨って侍とか武士みたいだよな……。」

「それ、言えてる。」

大葉と田城は俺のことお構い無しに意気投合する。

「ほら、なんか武士っぽいこと言ってみて。」

「え……。」

「じゃあじゃあ!『それがしは姓を黒永、名を雨と申すもの。いざ、尋常に参らん!』って言ってみ!!」

「流石演劇部エース。」

「くぉらテメェら!俺だけ仲間外れにしてんじゃねぇ!!」

「あ、ごっめーん気付かなかったわー(棒)。」

「ひでぇなおいっ!」

「いつまで正座してるんすかぁ~?」

「っ……テメェらっ……覚えとけよ……!」

「まぁまぁ、とりあえず帰ろう。先生来たらめんどくさいだろうし。な。」

俺、大葉、田城、そして黒永が新しいクラスになり、友達となった。これからはこの4人でこの高校生活を送ることになる。これからが少し楽しみになった。あれさえなければ……だけどな……。

「────はぁぁ!?マジで……そんなことあったのかよ……あいつ、マジヤバすぎっしょ……。」

あの出来事から1週間ほどたった昼休み。俺と田城は屋上で昼を食べる。あれは、自分の中では最悪な出来事で、一刻もはやく記憶から消し去りたいところだが、自分だけでは消化しきれない。そう判断した。なので落ち着いたところで、田城にまた話しているのだ。

「もう……心折れるかと思ったわ。」

「コウ……ドンマ☆」

「てめっ……!」

「ジョーダンジョーダン!冗談だっての!」

田城はこう見えて口は固く、秘密事は漏らさない。大葉に話すことがあったとしても、大葉も面倒事には巻き込まれたくないため、周囲には話さない。むしろ、それを弱味にされて精神的攻撃をしてくるのが厄介だ。
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