プリテンダー
僕が最初にきっぱり拒めば、渡部さんは愛のない体だけの関係を求めたりはしなかったかも知れない。

渡部さんはどんな想いで、一度だけでいいから抱いてくれと言ったのか。

あの時僕はただそんな関係を終わらせたくて、渡部さんの言う通りにした。

それは渡部さんに対する愛情が僕になかったからできた事だ。

杏さんに同じ事を言われて拒んで初めて、好きな人に求められたいと思う気持ちがわかった気がする。


今更ながら自分のした事を悔やんでいると、矢野さんが言った。

「渡部、会社辞める時には既に次が決まってたんだ。だから誰にも理由話さなかったんだよ。そりゃそっちの方がうちより数段上だもんなあ。」

「そんな大きな会社なんですか?」

「イチキコーポレーションの本社広報部だってよ。なんでも強力なコネがあるんだとさ。どうやってあんな大手にコネなんて作ったんだろうな。」

「イチキコーポレーション…?」

思わぬ社名が出てきて、僕は耳を疑った。





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