リナリア
背中合わせの恋心
* * *

「おはようございます。麻倉です。よろしくお願いします。」
「おっ、来たなぁ。期待してるぞー。」
「はい。頑張ります。」

 葉月はにかっと笑った。名桜は静かに頭を下げる。葉月は50代後半らしいと父に聞いたが、服装も態度もなんだか若々しい。父とほぼ変わらないように感じる。

「昔は名桜ちゃんって呼んでたけどなぁ。麻倉ってのもなんかあいつを呼ぶみたいだし、なんて呼んだらいいかねぇ。」
「麻倉でも名桜でも、呼びやすいように呼んでください。」
「…随分と、お母さんに似てきちゃったなぁ。」
「そう、なんですか?」
「あれ、写真とかない?麻倉、お母さんの写真、たくさん撮っていただろう?」
「母が芸能界で仕事をしていた時の写真って、実はあまり見たことがないんです。隠してるのか、忘れちゃったのか。」
「何かを隠せるほど、あいつは器用な奴じゃないと思うんだがなぁ。むしろ写真以外は不器用というか…。」
「確かにそうですね。多分、私を育てることと仕事でいっぱいいっぱいで、どこかにしまったままになっちゃってるんだと思います。」
「そりゃ勿体ないなぁ。名桜にとっても勉強になる写真、多いと思うんだが。いい俳優で、いいモデルだったよ、彼女は。」

 葉月は名桜の父と母の昔の姿を知る人物だった。父の写真の師匠でもあり、二人の仲を知って後押ししてくれた人でもあったと、この前話してもらったばかりだった。

「私は顔が似てきていますか?」
「顔も似てきたように思うが、…それだけじゃないな。」
「他にはどこでしょうか?」
「なんというか、空気感。麻倉はこれじゃあ、気が気じゃないな。」
「…?」

 葉月の言わんとすることがわからず、名桜は首を傾げた。ははと豪快に笑って、葉月は再び口を開いた。

「彼氏でもできたら大変だってことさ。大切で大好きな由紀ちゃんの面影を残す君を、他の男にやれないだろう?」
「…そういうことですか。御心配には及びません。今は覚えることがたくさんあって、やりたいこともあって。…その中に恋愛は含まれませんから。」
「なるほど。おじさんの余計な心配だったようだ。…良い仕事をしよう。」

 葉月から差し出された手を、名桜は両手で握り返した。

「ご指導、よろしくお願いします。たくさん学ばせていただきたいです。」
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