リナリア
憧れの人
* * *

「おー!初めまして。柊です。うわーめちゃくちゃイメージ通りだー!すごい、本物!」

 知春に屈託のない笑みを向けて笑っているのは、近々出演する予定のMVの演出担当でもあり、その曲を歌っているアーティスト本人でもあった。そしてこの人、『柊レオン』は3年前に突然アーティスト活動を辞めていた。中学生の頃にハマって曲を聞き倒していた知春にとっては想像もしていなかった再会だ。そもそも、なぜこの仕事が自分に回ってきたのかもわからないが今日はいつも以上に緊張していた。そして体がカチコチと固まったまま、知春はぎこちなく頭を下げた。

「…は、はじめまして…。伊月知春と申します。本日はどうぞよろしくお願いします。」
「え、えぇー何々?なんか緊張してる?思ってたより硬いよー。」
「…す、すみません、その…実はずっと、柊さんのファンだったもので…その、ご本人だ…っていう驚きと喜びと、…あの、仕事を受けた時から思っていましたが、本当に活動を再開されるんだなっていう…その、それも驚きなんですけど…。」

 ドラマや映画の撮影では感じたことのない緊張だった。歌声と世界観に憧れていた人が目の前にいる。しかもこんな風に会話をし、この後打ち合わせまで行う予定にもなっている。3年前の自分だったら驚きすぎて声すら出せなかったかもしれない、なんてことを思う。

「わー!嬉しい!男性ファンって貴重でさぁ。すみません、マネージャーさん。30分…いや、20分でいいのでちょっと伊月くん、打ち合わせ前にお借りしていいですか?」
「あ、は、はい。大丈夫です。」
「無理言ってすみません。すこーしリラックスしてもらってから打ち合わせしたいので、あ、そうだ。ちょっとあっちで話そうよ。どの曲が好きかーとかさ。」
「は、はい…。」

 レオンに背中を押されるままに、知春はそのまま奥の方へと進んだ。人気のない廊下の長いすを見つけてすとんと座ったレオンがとなりをぽんぽんと叩く。

「はい、ここ座って!」
「はい!」
「というかさ、本当に全然、そんな緊張してもらうような人間じゃないっていうか、うーんそうだなぁ、もっとフラットな感じで大丈夫だよ?」
「…いえ、そういうわけには…というか…まだ『本物だ…』って気持ち、全然なくなってないので…。」
「うわぁ、真面目だ!でもいいね、なんか。今回の曲はさ、柊レオン初のちょっとだけハッピーラブソングだから、…って言っても、片思いからグラデーションを出したいんだ。だから伊月くんにお願いすることにした。まぁ実弥の推薦でもあったんだけどさ。でも僕もちゃんと伊月くんの出演作観て、伊月くんのことを勉強したよ?それで、今日です。」

 明るくて表情が弾んでいる、そんな人なのに最後の言葉だけはプロの重みがあって、知春はまっすぐにその目を見つめ返した。
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