リナリア
「その黒い袋、何?」
「この袋の中で、フィルムをリールと一緒に巻き付けて現像します。」

 手際よく巻き付け、袋を現像タンクから出す。そして明かりを点ける。現像、停止、定着液を用意し、特に現像液につける時間は確実に測って行う。

「すごい手間かかるんだね。あと緻密。」
「そう。でも私、フィルム現像の作業も好きなんです。」
「ふぅん。」

 ネガを日陰に干して、今度は写真の現像の方に入る。

「えっと、じゃあそっちの台の方に座っててください。」
「これで写真焼けるの?」
「そうです。ピント合わせる台です。」
「そっか、それも手動。」
「ネガ見てピント合わせて初めて、ピントが合ってなくてがっかり、なんてことはよくあります。デジタルだとすぐ拡大できるからピントはわかりやすいですけど。」

 話しながら、名桜は別のケースに液体を準備する。

「これ、さっきも使ってたよね?」
「さっき使ってたのを使えるのもあります。…説明した方がいいですか?」
「うん。面白い。」
「じゃあ、こっちから順番に、現像液、停止液、定着液です。現像液に入れると印画紙に写真がぶわっと浮き上がってきます。多分ここを見るのが一番面白いと思います。次のが停止液。ここにつけると、それ以上像が浮かび上がってくることはありません。現像液の性能をここで落とす、というわけです。」
「…なるほどなぁ。それで定着液は?」
「現像されたものの色が落ちたり、変色したりしないようにコーティングする、ような役割です。最後はしばらく水につけておきます。」
「今日は何枚焼くの?何かのコンクール用?」
「いいのがあれば。今日は下見みたいなものです。」
「そっか。」

 今まで誰かに、こんなに説明したことはなかったかもしれない。父も昔はモノクロをやっていたこともあったが、仕事が忙しい今、モノクロに触ることはないし、おそらく名桜も高校で最後になるだろう。
 気に入った一枚を見つけて、ネガを挟み、差し込んだ。大きさは自由に変えられる。トリミングもこの時点で行う。

「うわ、出てるじゃん。」
「大きさを決めています。写真は引き算です。一枚の中の数ある情報の中から本当に必要なものだけ残します。」

 大きさが決まれば次はピントだ。横についているしぼりを回して、大体のピントを合わせた後、ピントルーペでピントを確実に合わせる。そんな名桜の姿をただ、知春は見つめている。
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