リナリア
「好きな人。」
「い、嫌ですよ!」
「嫌ってことはいるんじゃん。」
「いないですけど!そういうのは口に出さないものじゃないんですか?」
「俺も口に出すつもり、なかったけどね。でも口が滑った。」
「誰にも言いませんし、なかったことにしろと言われたらしますけど…。」
「名桜が誰かに言うとも思えないし、なかったことにしてとも言うつもりないよ。むしろ、聞いてくれたのが名桜でよかった。」

 真っ直ぐに目が合う。当たり前みたいに目を合わせて、当たり前みたいに隣にいるから忘れそうになるけれど、この人はただの高校生じゃない。今、まさに芸能界で光を浴びる人。

「…好きな人がいるなんて、迂闊に言ったら大変なことになります。」
「うん。知ってるよ。だから迂闊に言ってない。名桜だけ。」
「…良かったですね、私で。」
「うん。さっきもそう言ったよ。」

 ふわりと笑うその姿は、今まで見た知春の中で一番優しかった。

「オーディションはいつなんですか?」
「よくわかんない。」
「え、申し込まれてたらどうするんですか?」
「その時はその時だよ。受けるなら、精一杯やるし。」
「そうですね。あ、でも、ちゃんと知春さんの作品は観ますから。」
「うん。感想聞かせて。」
「映像作品の知識はないので…素人ですけど。」
「いいよ。感想なんだから。解説しろって言ってるんじゃないし。」
「…それはそうですけど、プロに感想を言うのって気が引けますね。」
「プロじゃないよ。まだ駆け出し。勉強中。」
「私も駆け出しです。」
「ね。」

 目が合えば、微笑みかけられる。笑うことは苦手だけれど、なんとか笑顔を返したくて笑顔を作ってみる。
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