親愛なるあなたへ
雨と泪は、本来二人で歌う曲だ。


北川さんの主旋律に重なる岩沢さんのコーラス。この二つが重なり一つの音になる。


けれど、先輩は一人でも迫力のある声をしていた。


それは、コーラスがいらないほどに。



『そんなに泣かなくていいんだ そばにいるよ だから自分の足で歩こう』



ゆずの隠れた名曲と呼ばれている。その歌詞は改めて聞いてみても、やはり名曲だった。


もう、誰の話し声もしない。聞こえるのは先輩の奏でる声とギターの音色だけ。私の視線は先輩から外せなかった。


その瞬間、私は初めて先輩が笑った顔を見た。


いや、先輩が心の底からほっとしたときに出る笑みを初めて見た。


曲も終盤に入り、ギターの音色が大きくなっていく。




『君の泪はいつか大粒の雨になり 大地を固めるのだから』




曲が終わり、会場は一瞬、静まり返った。


でも、私は一人両手を叩き先輩を褒めたたえた。


心からの拍手。


感動したとき、人は自然と拍手をするのだと聞いていたが本当だったようだ。会場に私の拍手が響くと、それに連なって皆が拍手をし始めた。


先輩は、また嬉しそうに笑った。


でも今度は、私を見ていた。先輩は一人で拍手を始めた私に向かって笑ったのだ。


その時からかもしれない。私の心に宿った先輩への特別な感情は。



「拍手ありがとな。ところで、自己紹介を忘れていたことに気づいた。俺の名前は三浦朔(みうらはじめ)、二年生になった。で、部活は軽音楽部。去年までは先輩三人と俺でAile(エール)名義でバンド活動をしていたんだ。ちなみに、Aileはフランス語で羽っていう意味。まぁ、それで、人数足りなくて去年解散した。でも、俺はまだ部に残っている。つまり、Aileの落としていった最後の羽みたいな感じだな。そこで、俺はお前らに提案がある。三年生の先輩たちは受験だから仕方ねーけど、二年と一年はよく聞けよ」



三浦先輩はマイクをスタンドに戻し、咳払いをした。そして、今日一番の大声で叫んだ。
< 6 / 6 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop