Love Cocktail
静か過ぎる低い声に、ゾッとした。

夜の街。いかにも高そうな黒いスーツ。こんな場面にも落ち着き払った静かな低い声。

しかも、いつもは“俺”なのに、今は“私”って……。

それって“ヤ”のつくやばそうな人ですか?

「す、すみません!」

彼もそう思ったらしく、慌てて立ち上がるとまさしく逃げるように走り去った。

ちょっとホッとする。

するとオーナーが振り返り、明らかに呆れた様な小さな溜め息をついた。

「まったく君って娘は。いったい何をしてるんだ」

それは、私にもいまいち解らないです。

「新しい恋の発掘を……」

思わず素直に話して墓穴を掘った。

「なんだ。失恋して合コンなんかに参加したのか」

アッサリ当の本人に言われて、頭痛がしてきたかも。

「いいんです。どうせ馬鹿なことをしたんです」

それから頭を下げる。

「助かりましたありがとうございます。ではさようなら」

一気に言って、来た道を戻り出したら……何故か、またオーナーはついて来た。

「まてまて吉岡」

「なんですか」

「俺でよければ、協力しよう」

あまりと言えばあまりの言葉に思わず立ち止まる。

いきなり“俺でよければ協力しよう”ですか?

いったい何様のつもりで、何を“協力”するつもり?

「まずは、吉岡は普段着がいけない」

にこやかに微笑まれ、首を傾げる。

「いつもデニムパンツに、味も素っ気もないコットンシャツでは、お洒落とは言えない」

一人で頷くのを見てポカーンとした。

「それに唇はローズやブラウン系よりも、ピーチ系の方が、君の肌にはよく似合う」

いきなり唇に触れられて目を見開く。
それからゆっくりと頬に指を這わされドキドキする。

「うん。若い子は肌が綺麗だね」

嬉しそうに言われて、困った顔をして見せた。

「オーナー……」

「なんだ?」

「セクハラおじさんの言い草ですぅ」

オーナーの笑顔が、ピキンと固まった瞬間を目撃!

……けど、さすがフェミニスト! 怒っても“女性”には怒った顔を見せないんですね!!

「……吉岡。飲みに行って、少し話し合おうじゃないか」

「嫌ですよ。実はオーナー弱いし、お話にもならないじゃないですか」

「では、食事に付き合いなさい。君はどうだか知らないが、俺は空腹だ」

「あ。じゃ、おそばがいいですぅ!」

片手をあげると、オーナーは“仕方ない奴”とでも言いたそうな表情で、ほんの少しだけ苦笑した。










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