その男、猛獣につき
「せ、先生…。痛い…です…」
頭の中はまさに混乱真っ只中で、先生に追い付くのが精いっぱいで、自分の置かれている状況すら考えられなくなってくる。
先生にどうにか止まって欲しくて、ふいに口をついて出たのは、小さな嘘だった。
どこも痛くなんてなかった。
痛いとすれば、胸の奥、ただその一点だった。
「す、すまん。大丈夫か?どこが痛い?足か?」
眉間にしわを寄せながら、ボディチェックを始める。
そのせいで、逆に私の方が申し訳なくなってしまう。
「ご、ごめんなさい。先生に止まってほしくて、つい…」
「なんだ、じゃあ、どこも痛くないのか?それなら良かったぁ」
心からほっとしたような声に、思わず先生の顔を見つめてしまう。
目を細めて、大きな右手で顔を隠していたけれど、形のよい唇は口角が上がっている。
胸の奥が、キュンと高鳴る。