二人の穏やかな日常
「前原さんの方こそ苦手なんじゃないですか。何が、私が居るから大丈夫、ですか」
「でもこういうのって叫ぶのが楽しいみたいなとこあるじゃないですか」
「近所迷惑です。怒られるのは僕なんですよ」
「どうせ隣は私の家ですから怒りませんよ」
「隣は前原さん家だけじゃないです」
そう言うと前原さんが「えっ」と言って青ざめた。
暫く黙り込んでからおずおずと尋ねてくる。
「うちだけじゃないって……406号室のことですか?」
「そうですけど」
「あの部屋……もう何年も誰も住んでませんよ?」
真剣な顔で言われて、固まってしまった。
また鳥肌が出る。
そんな馬鹿な。
だって、引っ越し当日に挨拶に伺った。
ちゃんと人もいた。
今だって住んでる。たまに会うし。
青ざめた顔で考え込んでいると。
「なんちゃってー!冗談でーす!」
「えっ」
冗談?
「ちゃんと住んでますよ相沢さん」
「えっ、えっ、そうですよね……?」
「えっ、斎藤さん泣いてます!?」
「な、泣いてません!」
嘘だ。正直ちょっと泣いた。
本当に俺がこの数日間疑うことのなかった相沢さんの存在の正体を考えてしまって、恐怖に震えるかと思った。
「今日もイタズラ成功!じゃ、私帰りますね」
「え、もう?」
「ちょうどDVDも終わっちゃいましたし。じゃあまた」
「あ、はい……」
はい、と言っておきながら、立ち上がった前原さんのお腹に手を回して抱き寄せた。
「ちょ、帰れないんですけど斎藤さん」
「前原さん」
「な、なんですか」
「帰るんならその前にトイレ着いてきてください」