二人の穏やかな日常

初めての


結局あれから「帰るぞー」と言った兄ちゃんに智輝が猛反抗してしまった。

しまいには号泣して「いや!無理!帰らない!うわああお姉ちゃあああ」と前原さんを掴んで離さなかった智輝を、どうにかこうにか引き離した。


マンションの廊下から二人を見送り。


「前原さんのお兄さん、あんだけ飲んでたってことは電車?歩き?」
「歩きです。すぐ近くなんで何気にしょっちゅううち来てますよ」
「へえー……あ、」


廊下で外を眺めながら暫く会話する。


「何ですか?」
「いえ別に」
「あ、って言ったでしょ。何ですか?」
「いやあ最近このマンションで三十代人妻を中心に斎藤さんからのナンパ被害の噂が立ってまして。もしかしてあのお兄さん……もしかしてっていうか絶対そうですよね。斎藤さんがするわけないからおかしいなーって思ってたんですよね」


兄ちゃん……弟が住むマンションで何やらかしてくれてるんだ……。

なんだか頭が痛くなってきた。
酒の飲みすぎもあるかもしれない。


「大丈夫ですか?今日はそろそろ休んだ方が良いかもしれませんね。私ももう戻りますね」


じゃ、と戻りかけた前原さんの腕を掴んだ。

だって今日は、せっかく前原さんが来てくれたのに全然一緒にいれなかった。
他の男にキスされかけるわ胸触られるわプロポーズされるわだし。


「こっちに戻りませんか?」

そう言って自分の家の方を指差した。

結構大胆な発言をしている気はしていたけど、酒の力を借りるのも、たまには悪くない。


「良いですけど……私お酒は付き合えませんよ?」
「お酒は飲ませません!僕はそういうのはきっちり守らせます」
「ああ、どうも……。じゃ、もう少し斎藤さんと居ようかな」


そう言ってはにかんだ前原さんは、なんだかすごく綺麗だった。
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