不器用な愛を刻む

『酷ェ女』










──そして 次の日。







「善殿、以前のものと同じ着物を
こちらでご用意しました。」

「…こりゃァ驚いた。
気に入ってたんだ、礼を言うぜ。」







療養所から出る時になって


部屋へ入ってきた隊員から
新品の 着物と羽織りを渡され

善はいつもの笑みを浮かべて
隊員にそう言う。





以前着ていたものと

全く同じその2つに、善は少々感心しながら袖を通す。






もちろんそばに
いつも持ち歩いている煙管も置かれていた。








善はそれも持って

部屋を出て
隊員2度と案内されながら
出口へと向かう。




もちろん途中で

椿や喜一に会う事は無かった。









「ここです。」

「おぉ。案内ご苦労さん。」

「いえ。…では、お大事に!」

「あぁ。世話になった。」








連れてきてくれた隊員へ
そう告げると



善は背を向けて

町中へと、出て行った。









…半年過ぎているというだけあって


外は目覚める前と違い
気温が低く、寒かった。




しかしそんなの御構い無しに

相変わらず人の多い商店街に



善は思わず、小さく笑みがこぼれた。








(ここは本当に、何も変わってねぇなァ。)







葉も枯れ散って
随分華やかさが消えたってのに


賑やかなもんだ…。







善はそう思いながら

辺りを見回して
煙管に、口をつける。








そしてもう少し歩いていったところで
足を止める。









「………。」









記憶の中では

つい昨日まで椿と一緒に
暮らしていた


──あの家の前に着いた。








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