不器用な愛を刻む

『死にかけるより』











─────コンコンッ、ガチャッ…








「椿ちゃん、入るね。」

「あ……喜一さん。」








役所のそばに建てられている
役人専用の寮。






その奥に設けてある 椿の部屋へ
喜一が訪れていた。








彼女を引き取るために
特別に用意した洋室──。




その部屋に似合わず



以前と同じように
和服を着て

窓辺に立っている椿の顔を見て




喜一は眉を下げて

苦笑いを浮かべた。








「……善に、会ってきたんだね。」

「………。」

「目を見れば分かるよ。
…赤くなってる。」








下を向きながら、申し訳なさそうに
喜一に向き合う椿。




…自分は契約でも


喜一と結婚すると決めたのに









(……こんなに未練を持ってちゃ
いけないですよね…。)








ごめんなさい







椿がそう小さく喜一に告げれば


喜一は首を振って
腰を屈めて、椿の顔を覗き込む。








「……君は、これでいいの?」

「………。」

「善のこと、好きなんでしょ。」








お見通しだよ、と


優しい笑みを浮かべて
椿に尋ねる喜一。





そんな喜一の言葉だが




椿は頭を振り、

顔を上げて 彼を見た。








「……これで良いんです。
私が彼から離れるのが…正解なんです。」









それに



善様にとっては

私のようなお荷物
無くなって清々しているでしょうから。








そんな風に言いながら
切なそうに微笑む彼女に


喜一は心を痛めた。












(……どうして君たちは…)










そんな風に自分を

傷つけていくような真似を──。








相手を思った上での行動だと
承知の上。





でもどうしてこんな苦しい思いをしながら


それでも尚
離れようとするんだろうか。







喜一はそう思いながら
静かに拳に力を込めた。









(───善。)









お前も本当に

納得した上なのか───?









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