きみに触れられない

きみに触れた

教室に戻ったのは5限目の休み時間だった。

視線を床に向けたまま教室に入る。

クラスのざわめきが、ぽっかり空いた穴を埋めてくれるようで心地よかった。

ゆっくり席に着くと、綾芽ちゃんが血相を変えてやってきた。


「ちょっとミサ!」


バン、と私の机を叩いて「どうしたのよ!」と詰め寄る。


「何も言わないで授業休むなんて!」


あまりの迫力に、はは、と私は小さく笑った。

「笑い事じゃない!」と綾芽ちゃんはさらに語勢を強くして言った。


「ミサ、体調が悪かったの?」

「…あ、うん。ちょっと、頭が痛くて」

私は力なく笑った。

頭が痛かったのは本当だ。泣きすぎて頭がぼうっとしていたから。


「なあ、何があった?」

「へ?」

カナが振り返って心配そうな顔をする。


「何かあっただろ?」


それは私に何かあったことを確信しているようだった。


「何があった?」


カナはもう一度言った。

私は黙って席に着くと、次の授業の準備を始めた。


「おい!」


カナは苛立ったように声をあげた。


「……言えないよ」


私は手を止めてカナを見た。


そうだ、カナに言えるわけがない。

好きな人の好きな人になれたのに、私が好きだと言ってしまったらその人は姿を消してしまうこと。

そんなの、今も私のことを好きでいてくれるカナに言えるわけがない。

言ったらさらに苦しめると分かっているのに、言えるはずがない。
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