僕が君の愛
6・全てを落とす権利
 止まることなく。加織は声を上げ、涙を流し続ける。肇が気づかぬうちに、加織の身体へまわしている自身の腕に力が込められる。
 常に。肇の前では、凛とした大人の雰囲気を崩すことのなかった加織。その加織が。自身の腕の中で、子供の様に泣いている。その事実が、溢れんばかりの愛おしさを肇の胸に、募らせたからだ。
 声が掠れてもなお、加織の涙が止まる様子は見られない。痛さを伴わない程度に、時折肇の胸を叩く加織の手。肇は自身の掌で、それを包んだ。首まで導き、腰を屈め、加織の身体を抱き上げる。
 器用に靴を脱ぎ、リビングへと続く戸を開けた。室内に、ふたり掛けの小さめのソファーを見つけた肇は、そこへ腰を下ろす。自然と、加織は肇の膝の上に座ることとなる。
 未だに。加織の涙は枯れることはない。肇の背中にしがみ付き、肩口に額を当てて。肇も、口を開くことはなく。ただ加織の背中を撫で下ろす。時折、子供をあやす様に優しく叩くことも。

 どれ程時間が過ぎたのか。しゃくりあげていた加織の声が、静かになった。
 肇は、自身の胸に顔を埋めている加織を覗き込もうと、ソファーの背に身体を預ける。出来た隙間に自身の手を差し込み、加織の頬を掌で包み込む。よく見えるように、上を向かせるために。
 電気を灯していないリビング。頼りとなるのは。カーテンを引いていない窓から差し込む頼りない月明かりだけ。だが、ふたりには、それだけで十分に互いを確認しあうことが出来た。今のふたりには。

 肇と加織の視線が絡む。覗かせたのは、マスカラ等のアイメイクやファンデーション、リップ……加織を彩っていたはずの化粧がほとんど剥がれ落ちてしまった、素の加織だ。今まで、見たことのない加織の素顔。少しだけ幼く見えるが。あだめいた眸は変わることはない。それが、肇を誘う艶と感じさせる。
 肇の胸に広がるのは、愛おしさばかりではない。年甲斐もなく。少年の様に、自身の心臓が大きく跳ねたことに、肇の顔には笑みが広がる。
 眸に溜まっていたのだろう。加織がひとつ瞬きをしたことで、滴となり頬を伝った。
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