僕が君の愛

 加織の話を聞きながら、肇は加織の背中を撫で下ろす。

「だから、決めたの。自分の幸せを掴むために、鎧で包んだ自分で戦い抜こうって」
「……そうだったんだね。何かあるだろうとは思っていたけれど」
「でも、肇さんの方が上手だわ。彼は、結婚の事実を私に隠してアプローチしてきたんですもの。今の肇さんみたいに、指輪をはめたまま私を口説くほどの度胸はなかったのね」
「……ずいぶんと、酷い言われようだ。確かに、私には結婚歴があるが……」

 肇の言葉に。肇の腕の中にいた加織の身体が、小さく跳ねる。敏感に。 
 加織の態度に、肇は小さく息を吐き出し、自身の左手に視線を落とした。右手で髪をかき上げ、少しだけ首をかしげる。まいったと肇は思う。こんな小さな指輪のせいで。自分の意図しない方向へと加織を追い込み、誤解されることになるとは、と。
 肇の配慮が足らなかったことは、否定の仕様もないと分かっている。あまりにも。自身に余裕がなく、加織と言う女性に溺れていたのかと。自分の愚かさに、肇は苦笑を浮かべるしかない。
 友人が提案した話は正しくかったと言う証明なのだろうが。全く、今となってはありがたくない話である。

 加織の前髪を掌でかき上げ、額をあらわにし、肇は問う。肇を誘う加織の眸を見つめながら。

「君の鎧を全て落とす権利を、私にくれるかい?加織」
「……全部、肇さんのものよ」

 加織の答えに。肇は満足気な笑みを向ける。膝の上に乗る加織を抱きかかえ、肇はバスルームへと足を向けた。
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