僕が君の愛

 最初は。互いの唇の感触を楽しむように啄ばみ、皮膚の表面を滑らせるだけ。だが、それだけでは物足りない。加織も肇も。
 肇の舌が、加織の唇を愛撫したのをきっかけに。加織は口を開き、肇を招き入れる。絡み合うのは互いの唇、舌、唾液。粘膜同士を擦り合わせ、互いを味わう。自身のそれとは違うザラリとした感触。時折吸い上げ、その感触すらも愉しんで。何度も、何度も。ふたりは顔の角度を変える。

 気づけば、加織の両の手も。肇の髪に差込み抱え込んでいた。触れることは出来ないだろうと思っていたものに触れられる喜び。噛み締めるように。肇の髪の毛の感触を確認し記憶に刻み込むように。

 水気の帯びた音と、僅かに漏れる感情の高ぶった声。零れる息すら、色気を伴うものに聞こえる。少しの息苦しさを感じ、ふたりの唇が離れた。眸を開けば、間近に見える肇の眸。隠すことなく顕になっているのは。今まで見たことがないほど、欲情。
 肇の眸をそんな風に変えているのは、自分なのだ。そう思うだけで、加織の胸は喜びで震えた。もう、これ以上望むことはないと。
 伸ばしていた自身の腕を更に肇の首に巻きつけ、加織は顔を埋める。肇の首筋にキスをひとつ落として。

 それをきっかけとするように。肇は再び加織を抱きかかえ、足を進める。月明かりだけが差し込む、薄暗い加織の居住空間を。肇がどこへ目的として足を向けているのか。それは加織も望む場所であろうことは明白だ。

 柔らかくも、少しだけひやりとする。加織はそれを自身の背中で感じた。やはり、加織が身体を横たえたのは。肇が向かった先は。寝室だった。
 普段以上の体重がかかったことで、ベッドはぎしりと不満気な音を立てる。横たわる加織の姿を、ベッドに腰を掛けた肇が上から覗き、口を開いた。指の背で頬を撫でながら。

「ひとつ、加織に話しておきたいことがある」
「なんですか?」
「……確かに。私には結婚歴がある。だが、それはもう何年も前に終わったことだ。私には、加織以外に、今も尚、生涯を誓い合った女性はいない」
「え?でも、指輪は」
「指輪は指輪でしかない。それ以上でもそれ以下でも」

 肇の発言に。加織は驚き眸を丸くする。臥床していた身体を起こし、肇の眸を覗き込んだ。それに、嘘の色は見えない。
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