俺様上司と身代わり恋愛!?



「茅野さん」

十一時の今野さんによる攻撃を引きずったまま迎えた、十五時。

端末上に載ってくる印鑑の陰影がぼやけていて照合しにくく、仕方なく書庫に実物の印鑑票を見に行っていた時、呼び止められた。

「はい」と返事をしながら振り返って……その人物を見るなり「あ」と小さく声がもれる。
話しかけてきたのが、数日前、桐崎課長と話題に挙げていた志田さんだったからだ。

「志田さんも、書庫に用事ですか?」

にこりとなんとか微笑みを浮かべて聞き返しながら、よく私の名前を知っていたなぁと思う。

部署が違えば関わる事も少ないし、私だって志田さんが人気者だから知っているだけであって、そうじゃなかったら知らなかった。

誰かに聞いたのかな。
融資課に同期はいなかったハズだけど……。

少し疑問に思いながら見ていると、志田さんが微笑む。

「ちょっと印鑑票をね」
「印鑑票? 偶然ですね。私も同じ用事で……あれ、その顧客ってこの人……」

志田さんがぴらっと見せた顧客番号と名前に見覚えがあって、「あれ?」と、今抜いてきたばかりの印鑑票を見合わせる。

「この方ですよね?」
「あれ。同じだ。預金の方にも何か回ってきてたんだ」
「はい。普通預金の開設です」

「うちの方はカーローンの申し込みだから、じゃあ引き落とし用に通帳作ったのかもね」
「ですね。でも印鑑票もやっぱりぼやけてるので、あとで営業担当に届ける時にでも、新しく印鑑票もらってきてもらわないとですね」

「ほら」と見せると、それを見た志田さんが「そうだね」と苦笑いを浮かべる。





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