廃想集 『カワセミ啼話』


夜が好きなの。

月明かりも星屑もないくらい深い夜が。

闇が、私の闇を少しの間だけ見えなくさせてくれるから。

要らぬものばかり見える目も、その役目を忘れてくれるから。

耳だけを澄ませて、
アナタの声が聴こえれば、それでいい。

嗅覚だけを研ぎ澄ませて、
アナタの甘い匂いに
つられるだけでもいい。

この手に伝わるぬくもりを
掻き集めるだけでも
構わないから。

眠れなくてもいいの。

薬で創った偽物の眠りなど意味はないから。

眠らなくてもいいの。

アナタを感じることが出来るなら、眠りなど引き換えにもならない。

安らぎも癒しも引き換えになるなら、それで構わない。

アナタが名前を呼んでくれるなら、それでいい。

それだけで生きている気がするから。

朝がくる前に、名前を呼んでくれるだけでいい。

朝日とともに見えなくなるアナタだから、私の醜い闇も見られずにすむ。

輪郭すら見えない闇の中だから、アナタを感じることが出来ると解っているから。

せめて夜の間だけ、アナタをそばに感じたい。

目にすることが出来ない心に光などいらない。



< 30 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop