エリート上司と偽りの恋
突然の急接近
「加藤(かとう)さーん。この資料って全部の席に配るんでしたっけ?」

新入社員の桐原(きりはら)さんがポニーテールを揺らしながら、束になった資料を持ち上げて私に聞いてきた。

「それは営業の主任以上の席に配るやつだからネーム見て……あーいいや、私やるから桐原さんは全テーブルにお茶置いてくれる?」

ペットボトルが入った段ボールを台車に乗せ桐原さんのところまで持っていき、変わりに資料を受け取った。


「加藤、そっち大丈夫?受付の準備は終わったから、あと十分くらいで続々と来はじめるよ」

「亜子(あこ)さん!はい十分あれば大丈夫です」

総務部のベテラン三十八歳の野々山(ののやま)亜子さんに手を上げて答えると、さっきよりも急ピッチで資料を配り、十分と言われたが五分で全ての準備を終えた。


入り口に立った私は、白いクロスが掛けてある丸いテーブルが十二卓置かれた大きな会場をぐるっと一周見渡し、抜かりないか確認をする。

「よし、完璧」



本格的な夏真っ只中の八月のこの日、ホテルの会場を貸し切って営業部のイベントが行われる。

化粧品製造販売会社大手の株式会社SIRAI……の、子会社であるシライビューティー株式会社に入社して七年目の私、加藤麻衣(まい)二十八歳。


シライビューティーは全国四ヶ所に営業所を構えており、私が勤める営業所は東京の第一営業部、その営業事務として代理店からの受注を受けたり営業部の経費処理やキャンペーンやイベントでの準備や資料作り、営業のサポートなどをおこなっている。

キャンペーンは夏と冬の二回と今日のようなイベントは年三回だし、そこまで大変な業務だと思ったことはない。


部署は他に人事、総務から成る管理部と、販売促進物のデザインなどを作成する営業推進部がある。

なかなか新人を採用しないうちの営業所はわりと年齢層が高めで、今年桐原さんが入社してくるまでアラサーの私が一番若手だった。


ほとんどが仕事上の付き合いのみだけど、プライベートの話をしたり飲みに行くのは総務部の亜子さんと、営業部にいる同期の新海陸斗(しんかいりくと)君くらいだ。

短髪黒髪にスポーツマンタイプの爽やかな新海君は、同期だけど私とは違って志が高く、営業成績一位になってイベントで表彰されることを目指しているらしい。


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