空って、こんなに青かったんだ。
第五章

  
拓海が駅に着くともうあきなは先に来ていて、改札のところにあるベンチに
ひとりで腰掛け、紙パックのオレンジジュースをストローで飲んでいるところだった。

昨日は夜の十時ころにあきなからメールがあった。

「まだ起きてる?」
と書いてあったので拓海は
「オキテル」
と返した。

すると今度は
「明日はどうする?」
ってもどってきたので
「グラウンドに行こうかなって思う」
と書いた。

いずれもちゃんと絵文字は入れてある。

「そうなんだ、決めたの?」

「うん」

「ガンバってね。オウエンスル」

「なんでやるってわかったの?」

「(笑い顔の絵文字)じゃあ明日は最後のデートだね」

「なんで?」

「だってもうなかなか会えなくなるでしょ?」

「べつに大丈夫だし」

「そうなの?」

「オレ、たいしてやる気ないし」

「は?」

そんなやり取りが続いてのち、結局は駅で待ち合わせることになった。
駅からは学園まで歩くと二十分くらいか、バスも走ってはいるがあまり本数は多くない。

今日もいい天気、秋の陽射がカンカンに照っている。

「ハイ」と、あきなはもうひとつのオレンジジュースを拓海に渡した。

「暑いね、今日」

あきなは拓海を見てニコッと笑った。まったく真夏のような陽気だ。

「歩く?」

「うん」

ふたりはトボトボと学園のグラウンドを目指して歩き始めた。やはり今日も河原の土手経由で。川の水量はかなり多かった。

陽炎が上がって草の匂いがした。東京では味わえない何とも言えないなつかしい感じ。
あきなは歩きはじめると無口になった。

拓海は気になって訊いてみた。

「やっぱ、やんないほうがいい?」

「えっ?」

「野球」

「どうして?」

「なんか、そうなのかな?って思った」

「そんなこと全然ないよ」

「そうなの?」

「うん」

そしてしばらくふたりは黙って土手の道を歩いた。

「会える時間が少なくなるのはさびしいよ。でも拓海に後悔してほしくないんだ、わたし」

あきなは稲穂に似た雑草を手にして、空を見上げながら言った。

「うん」

拓海はいま野球をやらなければ自分は後悔するのだろうか?と思った。
自分でもよくわからない。

グラウンドに近づいてくると、明らかに野球部の掛け声とわかる大きな声が聞こえてきた。

どうやらその雰囲気から練習試合だな、と拓海は察した。

金属音、つまりはバットがボールをはじいた音がした後に歓声が上がっていたからだ。グラウンドへは校門を入らなくても行ける、拓海とあきなは英誠が陣取る一塁側とは反対の三塁側のやや外野よりあたりに行ってみた。

目の前はちょうど相手チームのブルペンだ。ふたりは日陰になっているあたりに立ったまま試合に目をやった。

スコアーボードを見ると五回表の英誠の攻撃中、スコアーは四対二で英誠リード、
相手は隣の県の一昨夏の甲子園代表校だった。

「勝ってるね」
とあきなはうれしそうに言うと「英誠って強いんだあ」とひとりごとの様に感心していた。

「そうならいいけど」

拓海は笑いながら答えた。
ふたりが話しているうちに英誠の攻撃が終わって攻守交替になった。

マウンドには星也が上がって行った。

拓海は下校時に練習は見たことがあるが、英誠学園と他校との練習試合を見るのは初めてだった。

星也の五球の肩慣らしが終わり捕手がお定まりのセカンドベースに送球した。

あいつがリュウガサキってヤツか。拓海は小さな、しかも素早いフォームから矢のような送球をベースの角に送った捕手を十分に甲子園レベルだと思った。

いや、それどころかその正確性も含めて、少なくとも肩だけならプロをも目指せるとさえ思ったのだった。

「あとは打撃だな」

守備に散ってボール回しをする選手の中に、知った生徒が何人かいた。ファーストには健大、センターに啓太、ライトに圭介、あとは廊下ですれ違う程度で、顔と名前が一致する選手はほかにはひとりもいなかった。

やがて相手チームの攻撃が始まって、その回は一人をフォアーボールで歩かせたが星也は無得点に抑えて英誠ナインはベンチに戻った。

するとちょうど試合の半分、五回が終わったので、ここで控え選手たちがグラウンド整備のためにレーキを持って出てきた。

ベンチ入りメンバーたちはアンダーシャツを着替えたり水分を補給したりとそれぞれやることがある。

しばらく英誠ベンチのそんな様子を拓海は見るともなく見ていたのだが、そのうちベンチの何人かがひそひそと寄り集まってこっちを見ているような仕草が見えた。

やけに落ち着きのなくなった選手のなかには露骨にこっちを指さしているヤツもいる。

どうやらあの五人衆が拓海に気がついたようだった。ベンチ内はアカラサマにざわつき始めていた。

そしてどうやらあきなもその変化に気がついたようである。

「ねえ、なんか騒がしいね」

あきなはそう言うと目を丸くして拓海を見た。

どうやら彼らはいますぐにでもここに飛んで来たいようなのであるが、カナシイかな控え選手によるグラウンド整備はそろそろ終わりを告げようとしていた。

勇士などはもう少し時間をかけて丁寧にやれ、などと言いたくて仕方がないようであったが如何せん自軍の控えだけではなく相手の控えも混ざっているのでそういうわけにもいかない。

五人衆たちの願いもむなしくグラウンド整備はあえなく終わってしまった。
さあ、英誠の攻撃が始まる。

拓海には打順はまるで分らなかったのだがどうやらネクストサークルにいるのは健大のようだ。

以前、新チームではクリーンナップの一角を担っていると聞いたことがあるので、ということはいまバッターボックスに立っている選手が二番、か三番であろう、四番にしてはやや小柄すぎる、と拓海は思った。

そして勇士はと見れば、レガースを外している。ならばこの回の攻撃で必ず回ってくる、
つまり三人目までに入っている、ということだ。

だって、四人目以降ならレガースは外さない、捕手は試合時間短縮のため、たとえネクストに入るときでもツーアウト以降ならレガースは付けたままだ。

ここで左打席に入ったバッターが三遊間を破って一塁に出た。次は健大。すると入れ替わりで勇士がネクストに入った。

なんだけど、勇士が素振りもくれるてやる暇も与えず、相手ピッチャーは健大に当ててしまった。

デッドボール。当然のこと、健大は相手投手にニラミをきかせて一塁に歩いて行った。さすが元ヤンキーだ。ノーアウト、一塁二塁、ここでバッターは勇士だ。

ベンチに座る監督のサインを確認してピッチャーをやはりニラミつける。
そして初球、へえ~、なるほど、ベンチ?の作戦はセーフティーバント。

二点リードとはいえ相手は強豪校。まだ安心はできない、追加点が欲しい、でもゲッツーは怖い。

つまりこの場合のセーフティーは送りバントの意味合いが強いのだ。

打者はあわよくば一塁への出塁を願うのみ、であってほぼ自分が死ぬことを「覚悟」しているのだ。もちろん拓海には十分にわかっているが当然のこと、あきなにはマッタク理解不能だ。

「今のはどういうこと?なんでウタナイノ?モッタイナイじゃない!」
と言って腑に落ちないようだ。

三塁手に華麗なフィールディングで一塁に刺された勇士はなぜか意気揚々、しかも全速力でベンチに引き揚げて行った。

普通ならお役目ご苦労さん、で悠然とベンチに帰るはずなのだが。
しかし「点が入るといいね」とあきなが拓海に話しかけたとき、そのワケ、がわかった、勇士の全速力のリユウが。

彼はベンチに戻ると身支度、つまり次のイニングに備えてのプロテクターやレガースを付けることもせぬまま拓海を目がけて鳥のようにすっ飛んできたのである。

三塁側のブルペンのあたりまで。そして息を切らしたまま拓海の前に立つとやをら口を開いた。

「よお」

「おう」

ふたりの間にほんの短い間があってから、勇士は続けて言った。

「入るんだろ?」

その口ぶりは入るのが当たり前であり、入らないなんてことは我々はまったく考えてもいない、ありえない話である。なので「入る」という言葉をただ「カクニン」しに来ただけである、とでも言いたげに「ウエカラ目線」であった。

拓海は思わずそのコウアツテキ、かつそのわりにはニクメナイ勇士の口ぶりに思わず
笑いそうになって、だけど必死にこらえて勇士に訊いてみた。

「いまのセーフティ、あれサイン?」

勇士は一瞬ポカ~ンとしたが、すぐに意味を理解してさらに一段上のウエカラの上から目線で言った。

「サインじゃね~って。オレが本気出せばヒットなんてカクジツだろ?でもそれじゃ話せね~じゃないか?おまえんとこ来るためにわざと死んだんだよ!」

「そうなんだ。だと思った」

「んで?」

返事を求められた拓海は勇士の眼をまっすぐ見て答えた。

「はいるよ」

それを聞くと勇士は天を見上げていきなり
「オっー、オっー」
と雄叫びを上げて拓海に抱きつき
「帰らないで待ってろよ!」
と大声でそれだけ言うとあわてて一塁側のベンチ目がけてふたたび全力で走り去っていった。

「なんか、嵐のようなひとだったね」
とあきなは半分アキレルように言った。

それは拓海にとってなんともこれ以上ないくらいの最高の表現でもあるような気がしてならなかったのであった。

 
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