空って、こんなに青かったんだ。
第九章
英誠学園の野球部員も五月に入ると連日の練習ですっかり全員が黒く染まって、なかには陽が暮れた後のグラウンドでは闇に包まれて見えなくなってしまうものもいたくらいだった。

そしてまたたく間に六月となりいよいよ夏の県大会まで、残すところ四週間となっていた。

「そろそろだな」

「あ~だんだんと近づいて来たな~」

部室でも帰り道でもそんな会話が頻繁になってきていた。特に三年生にとっては「最後の夏」だ。夏の大会で敗けた瞬間に三年生は「引退」となる。

卒業後も野球を続けようというものもいれば、これをもって「終わり」とするものも勿論のこといるわけだ。

そして「甲子園への道」もこれが最後だ。
文字通り「このメンバーで野球をやる『最後』」なのだ。

そして全国の四千数校のなかで、最後まで敗けないで高校野球を終えるのが「夏の甲子園での優勝チーム」なのである。いわゆる「深紅の大優勝旗」を手にするわけだ。

日本中の高校球児が、いやいや少年野球の頃からこれを目指してる子もいるくらいだから「甲子園」を目指している青少年の人数はおそらくハカリシレナイであろうと・・・・

だから当然のこと、英誠野球部も最後のコーナーをまわったとこで誰の顔にもヒッシサ、が滲み出ていたのである。そして時にカントク、のことも話題に出始めていた。

だって今のカントクのままでは県大会にデラレナイノダカラ・・・・

そんなある日、啓太はブチョウ先生に放課後の職員室によばれたのだ。今日のブチョウ先生はなぜかいつものように眠そうではなかった。

啓太を見るなり
「おうおう、ワルイナ~」
とやけに愛想がよく、逆に啓太は気味が悪くなってきた。

「まあ、かけろよ!」

ブチョウ先生は椅子を勧めて、さっそく本題に入った。

「カントクのこと、なんだけどな」

そういうとブチョウ先生はふっと窓の外に目をやった。そしてポツリ、と言った。

「カントクさんのままじゃ、予選に出られないだろ?お前たち、どうする?」

それは啓太たち三年生もここのところ気にしていたことではあった。そう、教員資格を持っておらず正式の監督ではないカントクさんでは県大会には出場できないのだ。

だから最近では「この話題」はかなりの重大事項、ではあったわけだ。
でも啓太たちには妙案が浮かばず、今日まで何となくやって来てしまったのだった。

啓太は正直にその辺のところを話してみた。

「そうか~お前たちもとくにかんがえはないか~」

そういうとブチョウ先生もやけに思案顔でしばらく黙ってしまい妙な沈黙があたりを支配する。

外からはそれぞれの運動部の掛け声や早々と練習を始めたのであろう、音楽関連の文化部のメンバーたちが練習をする楽器の音などが聞こえて来る。

「じゃあ、俺に一任してくれるか?」

ブチョウ先生はそんな外からの音や声を聴きながらなのか、やけに暢気そうに啓太に言った。

「わかりました」

特に自分たちの考えもなかったし、うってつけの心当たりもなかったので、啓太はブチョウ先生に任すのがいちばん、と思いそう答えたのだった。

「まあ、いずれにしてものんびりとはしてられないな。早く決めなきゃな」

ブチョウ先生はそういうと、啓太にもういいぞ、と言って練習に行くように勧めた。
啓太は一礼をすると職員室を出て部室へと走って行き、速攻着替えてグラウンドへと出て行った。
                

                 ※


 その日の練習が終わっていつも通りの駅までの道を歩いているさなか、啓太は今日のブチョウ先生とのやり取りを大まかにみんなに話して聞かせた。一緒にいたのは勇士、健大、圭介、そして拓海。

啓太はすっかりと陽が長くなった帰り道の夜空を見上げながら時折、星を数えたりしていた。

「そうか~もうそんな時期か~」

健大はバッグを持つ手を替えながらポツリとつぶやくように言った。ほかの四人も健大と思いは同じだった。

もう県大会が始まるまで日がない、のだ。のんびりしてはいられない。もちろん誰もがのんびりと構えてるわけじゃないのだが、その誰にも後任の「アテ」がないのだ。

「どうする?」

啓太は誰にともなく意見を求める。

「どうする?って言ってもな~」

「困ったもんだな」

「監督なし、ってわけにはいかないのかな?」

「そうしてもらえるとありがたいけどな」

結構というかかなりいい加減に考えるしか方法はないみたいだ。結局というか当然のごとく妙案も起死回生のグッドアイデアも浮かばず駅に着いてしまった。

こうなるとやることはひとつしかない。そう、餃子を食べるのだ。五人は誰からともなくいつもの店に入って行った。するとナンテコト?そこには先客があって、それは駿斗、星也、
祐弥、そして護の四人だったのだ。

「なんだよ、いたのかよ?」

「あれ?お前たち、オレたちより先に帰らなかったっけ?」

そんなやり取りをしながら都合九人の坊主頭の集団が畳席を占領する格好となった。

「お前らのこと、どこでヌイタかな?」

「気がつかなかったな~」

そんなことを言い合いながらやはり話は監督問題になって行く。

「カントクのまま県大会に出られればいちばんなんだけどな」

祐弥がそういうと、みんなが首を縦に振って合槌を打つ。

「だよな」

「それが出来れば苦労ナイヨな」

「なんとかなんないのかね」

啓太は駿斗、星也、祐弥、護の四人にも拓海たちに聞かせたブチョウ先生とのことを話した。

「ブチョウ先生、なんか当てがあるのかね?」

「う~ん、あるようなないような、まんざらでもないようなビミョウ・・・」

啓太は自分の感じたままのカンソウを述べてみた。

「ビミョウか~」

そんなため息ともあきらめともつかないような空気が思わず口をついて出た。
そんな時、圭介がポツリと言った。

「オレタチ、本当に甲子園、行けるのかな~?」

みんながただでさえ弱気になっているときになんてことだ、こんな時、バヲワキマエナイ、のが彼のイイとこ?なのかそれともバの付くナントカなのか?

いずれにしろみんなが一斉に不安を掻き立てられ場はイッキニシズンでしまった。
でもそんなとき、カナラズみんなを奮い立たせるのは健大だ。

「バカヤロー、甲子園ってのはな、行かせてもらうとこじゃないんだよ。自分で行くんだよ。行ける行けないじゃないんだよ。イクかイカナイカダ!」

その檄にすかさず啓太が合槌を打つ。

「そうだよ圭介、健大の言う通りだよ。行かせてもらうんじゃない、行くんだよ!」

となりに座っていた勇士が圭介の肩をポンポンと叩きながら抱き寄せた。

「お前だって、わかってるよな。ちょっと、弱気になっちまっただけだよな」

いつになく優しい言葉をかける勇士の慰めに拓海は思った。

「こいつも少し、弱気になってるんだな」

そう思った拓海はそっと言った。

「弱気は最大の敵」

みんなの視線が一気に拓海に集中する。
それはかつて炎のストッパーと言われた某有名投手の言葉らしい。

「だよな、弱気はダメだよね。ゴメンごめん」

圭介も気を取り直したらしく餃子を口に放り入れてからなぜかコーラで胃袋に押し込んだ。

「よ~し、じゃお開きにしよう。みんな帰ってからまた自主練だ!」

キャプテン啓太の号令で一同は店を出てそれぞれが帰途についた。

 
 あくる日、放課後のグラウンドでランニングをしていた選手たちにブチョウ先生が
「集合!」
と大きな声を掛けた。

啓太を先頭にしていた選手たちは一塁側のダッグアウト前に一目散に集まった。そこにはブチョウ先生とカントクさんが並んで座っていた。

「みんな、座っていいぞ!」

ブチョウ先生は自らベンチから立ち上がると円陣になった選手たちの中央に仁王立ちになって天を仰いでから話し始めた。

「もうすぐ県大会が始まる。三年生にとっては文字通り最後の大会だ。そして最後の甲子園へのチャンスだ。これで敗ければもう、高校での野球は終わりだ。すべてが終わるんだ。

だから何としてでも勝たなければならない。小島監督に指導を仰いでお前たちの実力は計り知れないほど向上している。それはみんなが自覚してると思う。

しかしながらみんなも知っての通り、監督さんがこのまま大会に出場することは出来ないんだ。なので後任の監督が必要になる」

ここまで言うとブチョウ先生は大きく息を吐いて円陣を組んでいた選手たちをひとりひとり、ゆっくりと見回した。

カントクサンはと言えば腕組みをしたまま微動だにしていない。大した貫禄だ。選手たちも、もうそろそろ本題に入る頃かと固唾をのんで集中している。まるで試合中、いやいや、それ以上と言ってもよいくらいの集中度だ。

ブチョウ先生は部員一同のその集中力にさも満足したのか、やがて再び話し始めた。

「え~と、どこまで話したかな?え~、そうか、後任の監督が必要、というとこまでだったな。それでだ、小島監督とも話し合ってだな、その後任にだな・・・・」

何とも歯切れが悪くなってきた。何だってそこまで言ってヤメチャウンダ?みんな、今か今かと待ってるんだ、次の監督が誰なのかを?

選手たちにとってその時間は百年にも千年にも思えたにチガイナイ。あまりにもブチョウ先生がモッタイをつけるので勇士が啓太を後ろからつついた。

なので仕方なく啓太はチームを代表?してブチョウ先生に訊いてみた。

「あの~それで・・・・後任と言うのはどなたサンで???」

先ほどまでの威勢はどこえやら、ブチョウ先生は後ろにいるカントクサンを振り返って懇願した。

「すみません、ここからはカントクにオネガイシマス」

一体、ナンだっていうんだろう?そんなにイイニクイことなの?さすがに選手たちも
訝り始めた。

「イッタイ、ダレなんです?」

そんな気持ちがみんなに芽生え始めたその時、今まで腕組みをしたまままるで閻魔大王様のように睨みを利かせていたカントクサンがスッと立ち上がって啓太たちを見た。

そして一瞬の間をおいてからさも当然のようにすっきりと言い放ったのだ。

「次の監督はブチョウセンセイだ!」
と。


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