空って、こんなに青かったんだ。
第十章
 炎天下で行われた開会式から一週間、ついに待ちに待った初戦がやってきた。

英誠学園の一戦目となる試合の会場となる球場は開会式が行われた県庁所在地にある県下一の球場だ。

地方球場には珍しく両翼は98メートル、中堅は122メートルもある立派な野球場だった。そして無事に決勝戦まで駒を進めれば、彼らは再びここに帰ってくることができるのだった。

相手は二年連続して初戦負けを喫している学校だが「油断大敵」と試合前のミーティングでブチョウ先生、もとい、現監督から檄があった。

そしてそのあと、英誠学園の現三年生に
とっては最後の大会となる初戦のスタメンが発表された。

「一番、ショート小林。二番、セカンド刀根。三番、ファースト平山。四番、センター稲森。五番、キャッチャー龍ヶ崎。六番、ライト久保田。七番、レフト杉山。八番、サード松本。九番、ピッチャー川津!」

ほぼ予定通りのスタメンであり、当たり前だけどカントクサン、つまり小島監督が決めたものだ。

そして打ち合わせの通りに小島「ホンモノ」カントクは英誠学園が陣取る一塁側のダッグアウトすぐ後ろにドカッと座っているのだ、サインをダスタメニ・・・

試合前のノックは教員免許を持ち、英誠学園に実習に来ている元甲子園球児がリンジ?で雇われた。

これも小島監督がテヲマワシタ?ものだ。

しかし当然のこと、そのノックはホンモノ、だった。一塁側のスタンドは満席状態で、今年は学園の吹奏楽部がブラスバンドで応援を、そして男子空手部と柔道部の有志が臨時の応援団を結成しスタンドでオドロオドロシイ掛け声をあげてくれていた。

ちなみに彼らはみな、勇士、健大、そして拓海の共通のトモダチ、だったのだ。

しかしそれにしてもお坊ちゃま学校と言われる英誠にも、彼らのようなセイト?がいたんですね~

もの凄い「コワモテ」

実際、彼らが球場に現れた時、そこらにいた人たちは、一目散にバを離れた、のだから。

そしてこともあろうに今年は女子生徒の「容姿にジシンのある数名」がチアガールを買って出て、総勢八人のキレイどころがスタンドにハナヲそえているのだ

そんなこんなで、例年とはいちじるしく異なる今年の英誠学園スタンド、その初戦は試合開始のサイレンからわずか二時間後、星也の先発で始まった試合は、もう終わっていた。

結果は五回コールド、十八対ゼロ。勝ったのは・・・・

よかった~メデタク英誠学園デシタ~

先発全員安打の猛攻で打線は十八得点、守っては星也が四回まで被安打ゼロの無失点、五回は拓海が受け継いで三者連続三振を奪っての圧勝、ふたりの継投で五回参考記録ながらノーヒットノーランのおまけ付き、となった。

残念ながら星也がひとつだけフォアーボールを出してしまって「完全試合」はならなかったのだけれど。

翌朝の新聞の地方面には大きく英誠学園の勝利が掲載されてネットでも「ダークホース英誠」が一躍優勝候補の一角、と書き込みがあふれていた。

今まで校内でもほとんど目立たなかった野球部と野球部員たちは一晩で学園のヒーローとなってしまい、登下校や校舎内の廊下でも坊主頭を見かけるとみんなが拍手を送るという妙な習慣まで芽生えてしまった。

そして続く三回戦、四回戦と勢いは衰えることを知らず、二戦連続でまたまた継投の零封でコールド勝ち、自慢の打線も二戦合計で二十六点と破竹の勢いはとどまることを知らなかったのだ。

しかしなぜだか県大会の初戦勝利以来、ブチョウ先生とカントクサンの機嫌が悪いのだ。

グラウンドでの練習中もふたりベンチに並んで座っていっこうに笑顔は見せず、それどころかずっと仏頂面をしたまま腕組みの姿勢を崩さない。

いったい何が気に入らないのかと選手一同、ずっと不思議でしょうがないのだ。

勇士などは心底、気に入らないらしく
「なんだってオレタチ、絶好調なのに不機嫌なんだ?」
って啓太に訊く。

「シルカ、アホ!」
と啓太が返す。でもみんな本当に不思議でわからないのだ、指導者ふたりの「奇行」が。


でもそこにはちゃんとした理由があるわけで、これは初戦が終わって全員がグラウンドに戻り、おさらいのための練習をして選手たちが帰途についたあとのこと。

ブチョウ先生とカントクサンはふたりだけでグラウンドに残ってダッグアウトのベンチに腰掛けていた。

「とうとう初戦、突破しましたね!」

「そうですね」

「カントクサンとしては予定の通り、ですか?」

「もちろん感激はあります。でも、予定の通り、ですよ」

「私は正直、今はうれしくてうれしくてたまりません」

「そうですね、私も同じです。しかしここからが大変です」

「それは技術面、ではなく心の隙、ということでしょうか?」

「まさしく、その通りです。さすがにブチョウ先生です」

「引き締めなければいけませんね」

「はい」

「実際、彼らは今、学園で英雄扱いです。なんていっても英誠学園初の甲子園出場が現実味を帯びてきたわけですからね」

「そうです、しかしそうなると選手ははき違えてしまいます。冷静なもうひとりの自分、というものを持っていない、つまり自身の心の中に、ですが。

それが子供ってもんです。だから本当に自分は英雄だと勘違いしてしまう」

「恐ろしいことです。でも私もそうなってしまった子供を、何人も知っています」

「釈迦に説法、ですが『敵は我にあり』です。いちばん恐ろしい敵は150キロを投げる投手でも松井、清原クラスの高校生でもありません。『慢心』こそ最も怖い存在です」

「監督、どうしたらいいでしょうか?これから私たちは?」

「甲子園行きの切符を手にするまで、絶対に笑顔を見せないこと。浮かれないこと。選手の前で白い歯を見せるのはやめましょう。『木鶏』になるんです」

「モッケイ?って、あの大横綱の双葉山が七十連勝を阻まれたときに言った、という『いまだ、木鶏たりえず』の木鶏、ですか?」

「そうです。仰る通り、木で出来たニワトリ、のことです。木で出来ているから当然のこと、感情がない。チャンスだから気負う、うまくいってるから浮かれる。

ピンチだからとチジこまる。そんなことが無いんです。自然体、ってことです」

「わかりました。私もそのようにします」

「はい。よろしくお願いします。ブチョウ先生」

「でもあいつら、なんだって思うでしょうね?」

「ですね、特にリュウガサキあたりは真っ先に『キニイラネエ~』っていうでしょうね!」

「マチガいありませんよ!」

「でも龍ヶ崎と稲森はプロに行ける逸材です。ここで道を誤らせることは出来ません」「ホント?ですか?」

「ええ、努力を怠ることなく精進すればあのふたりは必ず行けます。だからこそ若気の至りの一瞬の隙を突かれたトラブルやもめ事、またそれに巻き込まれるようなことがあってはなりません。

巻き込まれる、ということも実は自身にも非があるわけですからね」

「おっしゃる通りです。そのことを我々が教えてやらなければならない」

「はい。大人の仕事、です」

「監督、ときにご相談なんですが、ご家業はどなたかにお任せになってホントウノ英誠の監督をお引き受け頂けませんでしょうか?」

「???」

「何とか・・・・」

「私はそんなガラ、じゃありません。到底ムリ、ですよ!」

「私は、あなたを心から尊敬しています。決して冷やかしなどではないのですが」

「もちろん、ブチョウ先生がそんなにいい加減なことをおっしゃっているとも思っておりません。しかし人間には『分』というものがあります。

私はブチョウ先生の人格のお陰で監督が務まっているにすぎません。私が監督におさまるのは身分違いです」

そしてこの、正式監督依頼はとりあえずはここでおしまいになったのだけれど。

こんなやり取りが初戦のあとにあったことを選手たちは誰も知らないのだ。

だから今でも、ふたりの指導者のブアイソウ、が気がかりなのであったが。

 四回戦が終わってから英誠学園野球部はベンチ入りのメンバーと数名の手伝いの選手のみを集めて学園の片隅にある運動部合宿所に入った。

残すところいよいよ準決勝と決勝の二試合を残すのみとなり、そこで寝食を共にし授業と練習、そして試合へと出かけることにしたのだった。

そして準決勝を明日に控えた日の夜、素振りを終えてから風呂に入った健大と拓海は半ズボンとTシャツに着替えてから合宿所の脇にある芝生の上に寝転んでいた。

「オマエが野球部に入ってくれるとは思ってなかったよ」

健大は去年の秋のことを思い出してでもいるのだろうか、星空を見上げながら拓海に話しかけた。

「なんで入る気になったんだよ?もう、野球はヤダって思ってたんだろ?」

健大は目をつぶったままの拓海を横目に見ながら訊いてみた。

「なんでかな~よく、わかんないよ」

拓海はそう言うとゆっくりと目を開いてきれいな夏の夜空を見た。
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