空って、こんなに青かったんだ。
第四章
 あれから、つまりは秋の県大会の準々決勝で敗退し来春の甲子園出場の夢を見事に砕かれた日の「涙とグチとボヤキ合いの反省会」から二週間後の土曜日、英誠野球部は学園の野球部専用グラウンドに今年の夏の甲子園出場校、作川学院を招いて練習試合を行っていた。

作川学院は今夏で三年連続の夏の甲子園出場を果たしている県下随一の野球校であった。その日は他の生徒たちも近々行われる文化祭の準備などでかなりの人数が登校していた。

午前中は一年生主体、いわゆるB軍戦があり、これは七対五で作川学院が勝利した。

そして昼食をはさんで午後から始まったA軍、つまり一軍戦は先発の星也の力投もあり五回を終わって三対一でなんと英誠がリードしていたのである。

ところでなんで作川学院がこの時期に練習試合なんてやってるの?って不思議に思う人もいるかもしれないけど、だって当然、県大会優勝か準優勝で地方大会に行くんじゃないの?って誰もが考えるはずだけど、作川学院、負けちゃったんだよね、準決勝で、秋の県大会。

なので、地方大会に行けなかったんだ、ザンネン・・・・

だから当然だけど、来年春の全国大会、つまり甲子園出場はカンペキにナシになってしまったんだ、英誠学園とオナジクで。

そんなんだから相手の監督さんの機嫌も最悪でサッキから怒鳴りっぱなしでコワいことコワいこと。

なのにこれからもっとコワいことが起きたんだからタイヘン。

イニングは七回裏、ワンアウト二塁でバッターは健大、四番。ピッチャーは相手エースの川江君。カウントはワンボールツーストライク、サインが決まってセットポジションから足を上げて投げたボールは・・・・

「カッコーん!」

もの凄い金属音をタテたかと思うとカンペキな角度で舞い上がり、左翼フェンスを越えて、つまりはホームランなんだけど、外野後方の芝生の上をてんてんと転がっていったのだ。

歓喜するのは英誠ベンチと健大、監督さん部長さんもニコニコ顔だ。
なんたって甲子園常連校の作川学院を相手に練習試合といえども五対一で勝ってるんだから。

ところがここで恐ろしいことが起こった。健大が三塁ベースをコブシを振り上げながらまわったとき、ついに作川学院の監督さんがブチキレタ~

「バカヤッロウ!なんでソコでマッスグやねん?ナメとんのンカイ!ドアホ!」
とのたまわったかと思ったら手にした金属バットを地面に叩きつけ・・・・
ナ、ナナナンと、折ってしまった・・・・

金属バットってオ・レ・ル・ン・ダ・・・・(汗)

お陰でそれまで嬉々としてダイヤモンドを回っていた健大は命の危険を感じたのか、とにかく自分にとばっちりが回ってくるのを恐れ足早に、遠慮がちに、かつ真っ青な顔でホームベースの隅を恐る恐るソッと踏んで自軍ベンチに隠れようとしたんだ。

ホントならここで派手なハイタッチやお祝いの頭ボコボコがあるのだが・・・

ところが、ここで、さらに、驚くべき、しかし勇士たち野球部員一同にとってはまさしく人生を変えるような出来事が起こったのだから。

健大が打ち込んだホームランボールは事故防止のため立ち入り禁止になっているはずの芝生の上をエンリョがちに転がって、本来であれば三塁側に陣取った作川学院の控え選手が取りに行くはずなのだ。

のだけれど、いるはずのない芝生のところに何故か人影が?

そしてその人影はやわらその健大の「記念ボール」を掴み上げると右肩をグルグルと三四回大きく回しはじめて、そして助走をつけたと思ったらなんとホームベース目がけて投げてしまった~?

えっ~?、エッ~?何で~?ウソっ~?うぉ~~~

両軍ベンチの全員が見守る中、そのボールは、なななんと、バックネットをチョクゲキ?
したぁ~?の???

マジですかぁ~。

ついさっき、怒りのあまり金属バットをタタキ折った相手の監督さんも、作川ベンチ一同も、もちろん英誠ベンチも、まだ守りについている作川ナインも、全員が口をアングリとダラシナクあけたままボウ然としてしまったのだ。

だって、ダッテさあ、えっ?ここ英誠学園の野球部専用グラウンドは両翼94メートルだよね?ポール際に表示があるからね、そこから「あいつ」つまり「人影」がいたとこ、投げたところは20メートルはあったよね?

で、ホームベースからバックネットまでは10メートルはゆうにある。っていうことは?
94+20+10で124メートル?で、ネットを直撃してるから、しかもあの高さに当たってるってことは130メートルは投げてる?ってこと?ですかあ~?

静まり返った両軍ベンチの中で英誠の監督がまず、我に返った。

「ダ、ダ・・・・誰だ?」

作川ベンチからはまだ「フぉ~~~」とため息が漏れている。

プロの強肩と言われる選手でも125メートル以上、投げることの出来る人は日本中で何人もいないのだ。これはもう、恐ろしい出来事なんだって。

そして監督さんがもう一度、おどろおどろしながら誰にともなく訊いた。

「う、ウチの生徒か?」

次に勇士が声をひっくり返しながら半分怒鳴るように叫んだ。

「ダレなんだよ!」

ベンチの誰もがまだ口を半分あけたままダンマリトしている中で、ちょっとの間が空いてから健大がひとり言のようにつぶやいたんだ。

「稲森だ・・・・」

「えっ?」

そして圭介がつないだ。

「だな」

その横を次の回に備えてウォーミングアップに行こうとしていた星也が通り過ぎようとしながら言った。

「マチガイないね!」

星也はそういうとベンチ入りしている下級生を連れ出すときもういちどポツリと言った。

「おそろしいな、アイツ・・・・」

 結局、その試合は逆上した監督の逆鱗に触れたくない作川学院野球部全員の必死で死に物狂いのなりふり構わぬテイコウにあい、英誠野球部は練習試合といえども大金星となるはずのものを取りこぼしてしまった。つまり逆転負けだ。

それもいつものパターンで終盤スタミナのキレタ川津君が九回につかまってあえなく沈没。
もう毎度のことで監督さんもさっぱりとしたものだった。

もちろん監督も考えないでもないのだが、いずれにしても投手としての素地素養にたけた人間が不在なので鍛えようがないのである。

仕方ない、監督のせいじゃない、ダメなのは俺たちだ、となって勇士たちは今日も元気なくグランドをあとにした???

と思いきや、まったく違ったのである。

大金星をのがし試合は逆転負け、おまけに健大のホームランも相手監督の金属バットへし折り事件ですっかり喜び半分になってしまったにもかかわらず、二年生野球部員一同はなぜか全員が笑顔でいっぱいだったのだ。

なんで?どうして?それは試合後の部室での勇士のひとこと

「あいつ、ヒッパルぞ!」

そして全員が
「オッお~!」
と破顔一笑、歓喜の雄叫び大合唱となったわけである。

そうとなったら作戦会議だ!となり、着替えも早々にみんなで駅前の餃子屋へとくり出した。

そんなお金がどこにあるって?

そこはさすがにキャプテン、啓太が監督に
「甲子園出場に向けての大事な選手会議をこれから開催しますので、少しばかりの会議費を頂けませんでしょうか?」
などと殊勝なことを言って、諭吉さんをなんと二枚もセシメテ来たのであった。

懐具合の心配がいらなくなった面々はさっそく餃子を三十人分頼んだ。そしてさっそく本題に入りまず言い出しっぺの勇士が健大をつついた。

「本当にイナモリ?ってヤツで間違いないんだな?」

「ああ、マチガイないね・・・・」

健大はいつも通りのアイソのない返事をした。
それに同じクラスの圭介と星也が

「間違いなし」と同調したのだから勇士もナットクしたわけ。

「しかし、オソロシイ肩してんな、帰宅部だろ?」

「野球、やってたのかな?」

「やってなくてあれじゃ、オレたちミジメすぎだろ」

「ピッチャーか?」

「外野じゃね?」

「キャッチか?」

「なら、リュウもあぶねーな」

などと勝手なことを言いながら餃子はみるみる減っていく。

問題は誰が拓海の野球部入部を説得するかで七転八倒したが結局、キャプテンの啓太、勇士、同じクラスのよしみで健大、圭介、星也の五人が「ひっぱり込み作戦担当」と決まった。

「それでいつ、決行する?」

「もちろん、早いほうがいい。月曜日の放課後だ」

「そうだな、それが良い」

「よし、わかった!」

なんて相手の都合なんてまったく意に介さないで好き勝手に決めていたが、なぜか健大だけは浮かない顔をしているのだ。

「おい、どうしたんだよ?サエね~ツラしてよ?」

勇士が健大の頭をコンコンとタタキながら訊く。
するとしばらく考えた風にして健大はボソッと答えるのだった。

「あいつ、入らないかもよ・・・・」

「エッ?」

圭介、啓太、星也、そして勇士の四人がまるでコーラス部の合唱のようにハモッた。

「なんで?」

その質問には答えず健大の目は宙を泳いでいた。

「なんか、そんな気がするのか?」

啓太が心配顔で気遣うように話しかけた。

「ああ」

すると、星也が恐る恐る割って入って来た。



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