常務の秘密が知りたくて…
 次の瞬間、常務が手に取ったのは資料ではなく私の手だったのでこれには先程の比ではないくらい驚いた。受け取ってもらえなかった書類が床に散っていく。急いで拾おうにも常務は私の手を離してくれず、私もまた動けずにいた。

「自分の手をこんなにしてまですることなのか?」

 私のアパートの水道はお風呂以外の蛇口からはお湯が出ない。おかげでこの寒いのに洗い物も掃除も水しか使えないのもこの手荒れの原因だった。改めて指摘されて私は急に恥ずかしくなる。

「別にたいしたことありません。離してください」

「他人のことばっかりで自分のことを疎かにしてたら早死にするぞ」

「勝手に人を殺さないでください」

 これってセクハラだ、と思いながらも声には出せない。常務の声も瞳も真剣そのものだったからだ。

「それでお前は幸せなのか?」

 私は言葉に詰まる。幸せ? 追い詰めるような常務の視線に私は言葉がでなかった。幸せに決まってる。少なくとも自分は不幸なんかではない。でも改めて言われると幸せってなんなんだろうか。

「なら、常務はどうなんですか?」

 何か答えなくてはと震えた声で必死に出た言葉がそれだった。常務に掴まれたままの手が痺れを伴って熱を帯びてくる。

「常務の幸せって何ですか?」

 強く言い直すと常務の黒目が揺らいだ。質問されたのは私なのにいつの間にか私が答えを待つ側になっている。そして常務の唇が微かに動いたとき、机の上の固定電話が音を立てた。

 そこで一気に現実に引き戻される。常務は素早く腕を伸ばして電話をとり私は足元に散らばった資料を拾おうとしゃがんだ。集め終わって立ち上がっても常務は電話していたので、机の端に置いて自分のデスクに戻る。
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