リーダー・ウォーク

ネクタイは合流した時点ですでに外されており、
個室に入るなり上着を脱いでシャツのボタンも二つほど外して
かなりリラックスした状態の松宮。
ふんわりと品のよろしい彼の香水の香りがする。

対する稟はお店指定のズボンにこだわりゼロのシャツにパーカー。
仕事後でシャワーも浴びておらず、けっこうしっかりと犬の匂いがしている。

自分が場違いであることは、自分がいちばん理解している。


「あんたの勤務状況は把握してる。今のままじゃ引っ越しも無理だろ」
「な、なにをしてるんですか!?え?ど、どうして!?」
「あんたの雇い主から聞いた」
「ええ!?」
「もとより酷そうだとは思ってたが、想像以上だった」
「……」

そりゃ確かに貴方に比べたら吹けば飛ぶような生活してますけど。
ギリギリでお洒落に気を使うこともできないけれども。
それでも、いづれはお金をためて独立とか目標があるわけで。
現実はまだまだそんな夢を見ているダケという段階だけど。

「俺に雇われないか」
「え。む、むりです。確かに以前会社勤めはしていましたが、私はトリミングを」
「あんたにうちの会社で働けとは言わない。誰がチワ丸のシャンプーすんだよ」
「じゃあ…」
「まあ、なんでも良いんだけど。チワ丸の専属世話係でどうだ」
「お世話ならさせていただきます、お金なんてそんな」
「そんな甘いこと言ってると一生あのおんぼろプレハブでババアになって死ぬぞ」
「プレハブはヒドイです。もっと経験を積んで自立して」
「いいや。あんたは甘い。そんな事でこの先続いていかねえよ。息切れする」
「そんな言い切らなくても」

自分だって人生設計が下手くそなのは分かっている。
何もかもが遅すぎるって。でも、これからは頑張ろうって。
思って必死に都会で1人やっているのに。

そこまで強く否定されると悲しいというか。

気持ちが落ち込んで、顔も俯いて、テーブルの下でギュッと手を握りしめる。

言い返せないのは自分でもそう思っているからだろうか。

「いいから俺の言うとおりにしろ。悪いようにはしないからさ」
「……」

ふわっと彼の香水の香りが近くでしたとおもったら顎をくいっと上げられて

強制的に上を向かされる。目の前に松宮の顔。

「なあ、ハイって言えよ。こんだけ俺が妥協してやってんだ。なあ、言えって」
「……あ、あの」
「なに」
「お寿司、来てますけど。ドアの前で仲居さん困ってますけど」
「返事が先だな。あんたが言うまでこのまま俺に至近距離で睨まれてろ」

あ、やっぱり!分かっててやってるこの人!

私が見つめられてドキドキしてるのを見透かしてる!

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