天に見えるは、月
─Chapter 1─

思いがけない異動命令



***


「う、そ……」

橘 香凛(たちばなかりん)はパソコンの前で、マウスを握ったまま固まっていた。
ついさっき、会社の正面玄関に差し掛かったところで、同期で経理課の笹野 実夏(ささのみか)から香凛のスマホへメッセージが届いた。

【会社に来たらすぐに社内回覧見て!】

その一文に只事ではない空気を感じてはいたけれど……これはいったいどういうことだろう。


『橘 香凛 営業部・営業一課勤務を命ずる』

目の前の画面には、はっきりと香凛の名前が映し出されている。
何かの間違いだろうか、と何度も同じ文章を目でなぞった。だって総務課の人間が“あの”営業一課に異動になるなんて、どう考えてもおかしいことだからだ。


「香凛! 見た!?」

実夏が血相を変えて走り寄ってきた。経理課と総務課は七階フロアの隣同士だから、姿が見えたのだろう。

「……今、見てたとこ」

「あんた……なんかまずいことやらかした?」

それはこっちが聞きたいよ、と言いたくなる。
大学卒業後、入社して丸三年。これまで仕事も真面目にこなしてきたつもりだし、これといったミスもしていない……はず。なんでこんなことになってしまったのか、皆目見当もつかない。


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