初恋ブレッド
さて、今度は上司の出番。

白坂はプライドが高いから、言い争っても無駄だろうな。
相当頭にきていたけど、涙を堪える美琴を見て俺もそうすることにした。


「私ずっと、田代さんに嫌がらせされてて……。でも部長がいたから頑張れたんです」

給湯室まで引っ張ってきて、何を言うのかと思えば……。

「どういうこと?」
「指導が厳しいからかもしれませんけど、それは田代さんが無責任だから私も仕方なく……」
「そうか?あいつ抜けてるけど、仕事はきちんとこなすし、わざと足を引っ張ることはしないだろ?」
「いいえ!さっきのも絶対に田代さんがやったんです!」
「なんでそう決めつけるんだ?」
「部長は田代さんの本性を知らないからっ。優しいから騙されてるんですよ!」
「うーん」
「私、こんなこと相談できるのは宮内部長しかいないんです!」

白坂はここぞとばかりの勢いで飛びついてくるので、受け流して話を戻す。
俺を優しい人だと思っているようだけど、お人好しではないぞ。
狭いここでよく慣れ親しんだ彼女が片付けたであろう、棚に並ぶマグカップを見つめ前髪に溜め息を吹いた。

『田代がねぇ……』
『はい!それに今朝だって、頼んでおいた書類もできてなかったし』

『そうか。……それじゃ田代に任せられないな』

「そうなんです!何されるかわからなくて、私ずっと悩んでて……」
「へぇ」
「田代さんに、ちゃんとデータ入力し直すよう言ってください!」
「……でも田代に任せたら、何されるかわからないんだろ?白坂がやるしかないんじゃない?」
「えっ、そんな……、っ。宮内部長が言えばやりますよ!」

涙ながらにすがってきたからどこまでシラを切るのかと首を捻り、破かれた書類を突き出す。

「ねぇ、……白坂。田代の書類ってこれ?」

「えっ」
「朝騒いでたみたいだけど、これ日付が昨日なんだよ」
「……さぁ。間違えて捨てたとか?」
「そう、ゴミ箱で見つけたんだ。よく捨ててあったってわかったね?」
「だって……、汚いから」
「ふーん。でもわざわざ昼飯まで捨てるかな?」
「きっと被害者ぶりたかったんですよ!」
「……だったら今の白坂みたいに泣き叫ぶんじゃない?」

俺にこんなことを言われるとは思わなかったのか、白坂は顔を赤くして取り乱した。

「なっ!大体あのパンが田代さんのランチだって部長にわかるんですか?誰かが食べ残したのかもっ」
「誰かって?」
「だから食堂で食べた誰かがっ」
「俺、食堂のゴミ箱とは言ってないけど」
「……えっ?」
「それに、田代の昼飯がパンだなんてよくわかったね?」

「あっ!」と口を閉じて眉間に皺を寄せる。
ようやく嘘を認めたらしく、流し台を軽く蹴りフンと鼻を鳴らした。

「田代さんと二人で、私をハメたんですか?」
「まさか。俺も同じパンを食べたから、わかっただけ」
「はぁ?」

「……白坂。今回だけは問題にしないでおいてやる」

そう言うとまた涙を溜めだしたが、俺がこれ以上甘い顔をするわけもない。

「消したデータは責任持って期限までに仕上げるように」
「……え、そんなっ!」
「これだけ嫌がらせしといて田代のせいにしても、誰も信じねーよ」
「でもっ!」
「それとも職務怠慢で始末書書く?」
「……っ、やります」

唇を噛む白坂に頑張ってねとエールを送り、美琴が心配な俺はさっさと給湯室を出た。
< 79 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop