君をまとえたら
「それは京から流れてきたものだよ。」

「京都からですか?」

「京の舞子が鎌倉辺りの旦那と駆け落ちして昔この金沢に隠れ住んでいた。」

オヤジは突然淡々と話し始めた。

「だが見つかってしまい、舞子は京に連れ戻された。男は諦めきれず自分も京に戻ってこっそりと様子をうかがっていた。ある日舞子が供のものと出かけるのを見てあとをつけた。二人が町外れにある神社の鳥居をくぐるのを近くの竹藪にひそんで見ていた。」

俺はオヤジがやけに詳しく話すのを怪訝に思った。

セナは熱心に聞き入り

微動だにしなかった。

オヤジは話し続けた。

「参拝する二人が帰るのをじっと目で追った。すると舞子がポトリと何かを落とした。男は帰って行く二人の姿が見えなくなるのを待ち、参道に落とされたものを拾いに走った。それは丸めたひと切れの小さな布だった。そしてそれはまさしく舞子が男に宛てたものだとわかった。」

「どうしてわかったのですか?」

セナはオヤジに聞いた。

「鎌倉と書かれたいた。」

セナはハッとして目を見開いた。

「男はその日暗くなるのを待ち、再び昼間来た神社に向かった。夜が更け、辺りは真っ暗だ。月明かりの中を目をこらして辛抱強く待った。すると微かに草履の音がした。次第に近づいてくるその足音に男は耳をそば立て息を殺して遠い暗闇の中を見つめて待った。そして鼻先をある方角へ向けた。匂いがしたからだ。焦がれた舞子の香の匂いが鼻先をかすめた。闇の中にぼんやりと姿がわかると男はそれをめがけて走った。舞子とわかりお互い声を掛け合うのも忘れてヒシと抱き合い手と手を固く握りしめてそのまま足早に旅立った。」

「鎌倉へ向かわれたんですね?」

「初めはそうだった。」

「違うの?」

セナの声は消え入りそうだった。

「京から鎌倉へはかなりの道のりだ。若い二人なら難なく歩けるはずだった。だが舞子は身重だった。腹の子は男のものだった。気持ちばかりが先を行き体が動かなかった。結局途中で断念し時間をかけて二人は金沢へ戻った。舞子は産後まもなくこの世を去り、生まれた赤子は里親に育てられた。残された男は天涯一人のまま想い合った舞子を偲んで朽ちてしまった。」

「その子はどうされたんですか?」

「無事に成長し、商いに精を出し、よく働く女房をもらい、子宝にも恵まれた。」

「それは良かったですけど、本当の親が誰なのかわからないままですよね?」

「いや、男はちゃんと証を残した。」

「証?」

オヤジはツイと顎を上向けた。

「その鏡面掛けだよ。裏を見てご覧。」

セナは言われるままそっと絹地を裏返し

そこに書かれたものを食い入るように眺めた。

『陽一郎へ 父閑野彦右衛門 母千津』

「京都の舞子さんは千津さんと言う名前ですか?」

「そうだよ。ワシのひい祖母さんだ。」

「えっ?」

セナは涙ぐんでいた。

俺は鳥肌が立っていた。

「じゃ、この鏡面掛けは千津さんの?」

「そうだ。」

「そんなに大切なものを店に置いておくんですか?」

「その方が喜ぶじゃろ。」

「喜ぶ?どうしてですか?」

「それがどんな物語を持ったもので、どんな人間が関わって、どんな風に生きてきたかを知ってもらえる日が必ず来ると思うからだ。」

セナはハラハラと涙を流して絹地を胸に抱き寄せていた。

「わかってくれたかな?」

「はい、はい。」

うなずくセナの目から涙がキラキラと光ながら零れ落ちた。

「どうだね?それを気に入ってもらえたかね?」

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