イレカワリ~番外編~
欲しかったもの‐歩side‐
病院を出て自転車にまたがると、少し遠くに海の自転車が置いてあることに気が付いた。


海はいつごろ病院へ来たんだろう?


俺の存在には気が付かなかっただろうか?


一抹の不安が過るが、今朝から一切口をきいてくれない海の事を考えても無駄かもしれないと思い、気を取り直して自転車にまたがった。


俺は沙耶に呼び出されて病院に来ることは何度かあった。


沙耶はその度に俺に弱音を吐き、海に見せる事のできない顔を見せて来た。


『海の前では最期まで笑顔でいたいから』


そう言われた瞬間、俺は決めたんだ。


沙耶の弱音や涙は全部俺が引き受ける。


その分海に向けて笑ってやってほしいと。


沙耶が俺を呼び出す回数は、最近増えてきていた。


誕生日を迎える事が出来た時は本当に嬉しそうだったけれど、今日はまた、死への恐怖で涙にぬれていた。


死ぬのはきっと、誰でも怖い事だ。


俺だって怖い。


沙耶は今その恐怖と戦っているんだ。


沙耶の涙を思い出すと、どうしても視界が滲んでいく。


病魔はどうして沙耶を選んだのかと、神様を怨む事だってあった。


それでも、現実は変わらない。


俺がこうして泣いていても、なにも変わらない。
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