シークレットポイズン
「だから、藤澤先生は気にしないで大丈夫です。段取りの悪い私が全面的に悪いんで。」

段取りが悪いのは確かだ。そもそも1年目の人は自分の学級のことだけやっていればいいのだと美樹は思う。学校規模の仕事なんてできなかった自分を思えば、それを彼に押しつけることなんてできない。

「お願いするときにはお願いすると思うので、今のところは…げほっ…大丈夫です。」

咳がこみ上げて止まらなくなった。おそらくは喋りすぎだ。口元を抑えて咳き込み、涙がこみ上げるほどに咳が酷くなった。

「わかり…ました。何かあったら言ってください。」
「…あり、がと…げほ…。」

なんてみっともない先輩だろうと思う。きっとこんな時にさらっとスマートに助けてあげたり、助言してあげたりできればいいのにという気持ちはあっても、現実はそんなにスマートじゃない。
毎日机に這いつくばって、終わらない仕事の山を終わらなかった仕事の山に積んでいく。
後輩ができることに期待もあった。先輩になる自分に理想も抱いたけれど、一月も経たないうちに無理だと知った。

(あー…かっこ悪い、ほんと。)

仕事を始めたばかりの男の子に謝らせて、心配させて、一体何をしているのだろう。

「東さん、これ食べる?」
「…なんですか…あ、ガルボ。」
「藤澤さんも。」
「ありがとうございます。」

ガルボの袋をもらって、ありがたくいただくことにする。疲れた口の中に、ガルボの控えめな甘さはしみた。

「…美味しい。ありがとうございます、深山先生。」
「顔が疲れてるね、東さん。今まで見た中で一番酷いかも。」
「一番酷いとかさいてー!今の聞きました?」
「聞きました。」

放課後(といってももはや9時を回っている)になって初めて、声を出して笑ったかもしれない。

「げほ…ごほっ…うぇ…。」
「ほんと治んないね。」
「病院行ってるんですけど…。」
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