白衣とエプロン 恋は診療時間外に
保坂先生の“お願い”は、今夜から連休の最終日までのしばらく、グレちゃんのお世話をしながら先生のうちで留守番をして欲しいというものだった。端的に言うと、短期住み込みのペットシッターということらしい。

「実は、急に実家へ帰らなければならなくなって。あ、家族が急病だとか、そういう話ではないんです。まったく。ただ、ちょっと野暮用というか……」

(さっきの電話と関係があるのかな?)

そんな気もしたけれど、余計なことをあれこれ聞くのはよしておいた。先生は「不本意ながら」と面倒くさいのを強調しつつ、今夜最終の新幹線で郷里へ向かうつもりだと私に告げた。

「どうかな? 引き受けてもらえるだろうか?」

連休の間、安全な場所へ身をおけることは私にとってはありがたいに違いない。正直、引っ越しも視野に入れつつ今後のことを考えているのだけど、具体的な計画を立てるにせよ、ネットで物件探しをするにせよ、今はとにかく安心して考えられる場所と時間が欲しかった。

(でも、本当に――)

「私なんかでいいんでしょうか?」

「清水さんがいいんです。家のこともグレのことも、安心してまかせられる」

(保坂先生……)

誰かに頼りにされるのって、こんなに幸せなことだったんだ。本当、私はどれだけ先生に元気をもらっているのだろう。仕事だけでなく、こんなプライベートでも。

「それから、できれば考えてみて欲しい」

「え?」

「お留守番ネコから正式な“うちのネコ”になることを」

(先生……???)

「あのっ」

「心配なんです。だから――そばにいて欲しい」

私を見つめる先生の瞳は静かでまっすぐで。それでいて、ほんのり熱っぽくて切なげで。私はもうびっくりして、胸がいっぱいで、何も言えなくなってしまった。

(どうしよう、私……)

完全にキャパオーバーの状態だ。そんな私に、先生は決して気の利いた台詞を求めたりはしなかった。

「とりあえず。申し訳ないが留守を頼みます」

「は、はいっ」

「あ」

「え?」

「誤解があるといけないので念のため。心配というのは、グレが心配だからグレのそばにいて欲しいという話とはまた別で、僕が清水さんのことが心配だからという――」

「わ、わかってます。ちゃんと、わかってますからっ」

「本当に?」

「本当ですっ」

「ならよかった」

先生はいたって冷静なのに、私ばっかり一人で照れて「あわわっ」てなって恥ずかしい。

(っていうか、先生なんだか楽しそうに見えるのだけど……)

そう、保坂先生は“優しい意地悪”なのだから。

それはそうと、私は――本当にわかっているのだろうか?

たぶん、本当のところはわかっていないのだと思う。

保坂先生が私を心配してくださっているのはわかる。それはよくわかってる。でもやっぱり――わからない。

(先生は私と一緒にいたいと思ってくれているの? それは、恋愛対象として私に好意を寄せてくれているということ? 私と“つきあいたい”と思ってくださっているの? それとも――純粋な心配と同情なの?)

信頼されているのも本当。大切に思われているのも本当。だけど、私が知りたい先生の真意を確かめることは、なんだか怖くてできなかった。
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