明日へ馳せる思い出のカケラ
第25話 君が言ってくれた言葉
「!」

 イヤホンから聞き覚えのある曲が奏でられてくる。
 とても懐かしく、気持ちを柔和に癒してくれる様な、そんな優しい曲が。

 その曲はかつて、君が大好きだった女性人気歌手が歌っていた曲だった。
 そう、あの秋の大会の折、君が俺にイタズラでダビングしたあの曲だったんだよ。

 決して忘れるはずがない、ゆったりとした曲調のラブソング。
 でもどうしてこの曲が流れて来たのだろうか。

 このマラソンに臨む前、俺は最近リリースされた新しい曲ばかりを厳選してダビングしていたはずなんだ。それも元気が湧き出す様なアップテンポな曲ばかりをね。
 それなのに君が好きだったこの曲が流れて来るなんて、信じられるわけがない。

 確かに所持している携帯型オーディオプレイヤーは、かつて君と付き合っていた頃に使っていたものと同じ物だ。
 だからその原因は、俺が曲のデータを削除し忘れていただけなんだろう。

 でもさ、こんな事ってあるんだろうか。どう頭を捻ったって信じられないよ。

 だけどね、偽りなしに俺の耳にはこの歌が聞こえているんだよ。それも疲れ切った体を温かく包み込んでくれる様に、気持ちを楽にさせてくれるんだ。

 俺は素直に自分自身の心に従った。いや、本当の自分を受け入れた。それが正しい表現なのかも知れない。
 そして俺は再び君との思い出を心に映し出す。それが掛け替えの無い大切なものだったのだと、十分に理解しながら――。


 いつだって君は俺との未来を強く望んでいた。君が俺に差し向ける愛情は本物だったんだ。
 俺はそんな温かい想いに幾度も励まされ、またそんな優しい気持ちに甘え過ぎてしまった。

 そんな俺自身の不甲斐ないバカさ加減については、もう十分過ぎるくらいに心に刻み込んでいる。
 でもなぜなのかな。今になって考えられずにはいられないよ。ううん、そうじゃない。本当はずっと前から、君と一緒の時間を共有していた時から、俺は心の片隅で考えていたはずなんだよね。

 どうして君はそれほどまでに、俺なんかを想い続けてくれたのだろうかって。
< 154 / 173 >

この作品をシェア

pagetop