明日へ馳せる思い出のカケラ
第26話 最後の試練
「キャッ」

 突然発せられた甲高い女性の悲鳴に、少し朦朧としていた俺の意識は現実にへと引き戻される。

 それにしても何があったって言うんだ。
 全身から感じる痛みと、もうすぐゴールなんだと沸き立つ気持ちが織り交ざる中で、俺は一瞬状況を飲み込めずにいた。

 しかし周りを見渡せば、沿道の観衆からもざわめきが巻き起こっている。
 何かトラブルが発生したのは間違いないはず。直感としてそう思ったのと同時に、走る俺の目にあってはならない光景が映った。

 そこにはなんと、マラソン参加者であろう一人の男性が、うつぶせの状態で倒れていたんだ。

「ヤバいぞ、あれは……」

 嫌な予感が背筋を駆け抜けていく。
 どうして俺がそんな懸念を感じたのか、その理屈は分からない。
 でも何故だか疼きだした胸騒ぎが止まらないんだ。

 慌てて集まって来る複数のボランティアらしきスタッフ達。
 さすがにこんな大きな大会なら、すぐに救護スタッフも駆け付けて来るだろう。俺はそう疑わなかった。
 だからそのまま倒れている男性の横を、何事も無かったかの様に走り過ぎて行こうとしたんだ。

 薄情なのは分かっている。でも俺にはどうする事も出来ないからね。
 それに周りを走る他の参加者達にしたって、誰一人として足を止める者はいないんだ。
 気の毒そうに男性を見つめつつも、みんなそのまま走り続けている。

 恐らく誰もが倒れている男性を気に掛けているに違いない。
 でも現実として自分が医者でもない限り、なんの力にもなれやしないんだよね。
 いや、むしろ軽はずみに手なんか出したら、余計に男性を苦しませてしまうかも知れないんだ。

 俺はこじ付けがましい理屈を頭の中に並べて走り続ける。
 止まらない俺が責められるというのならば、ここにいる参加者全てに責任があると言えよう。
 だから関係ない。俺は自分の目標に向かって進めばいいんだ。あともう少しでゴールなんだから。
 俺はそう無理やり自分自身を納得させようとしたんだ。でもダメだった。

「まさか、そんな――」

 ボランティアに混ざりながら呆然と立ち尽くしている一人の女性。
 俺はその女性を目にして足を止めた。足を止めざるを得なかったんだ。

 だって、だってそれが【君】だったから。
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