図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 副校長の言葉を頭のなかで繰り返す。

 哲が言った? 
 なんのために?

 とん、と背中が押される。さっきよりも強く。
 まどか先生がこっちを見ていた。いつも笑っているみたいに見える目が、少し尖って見える。

「行きなさい」

 黙ったままのわたしに、重ねて言う。
「保険医の目から言わせてもらうとね、あなたたち二人そろって顔色が悪いの、もうずっと。きちんと話し合って、それでダメならまたいらっしゃい。保健室のベッド、占領させてあげるから」
 そう言ってニコッと笑った。丸くもりあがるほっぺたが優しい。

「……ありがとうございます」
 小さく言って、ふしぎそうな顔をしている副校長を見上げた。

 ふぅぅ。長い息を吐く。
 指先が冷たい。緊張する。
 大人になっても、こわいものがある。
 こんなふうに、いろんなことを知っていく。

 立ち上がると、パイプ椅子が軋んだ音を立てた。校庭の白っぽい砂の所為で、履いてるスニーカーがあっという間に汚れる。家に帰って洗う時には、どんな気もちになってるんだろう。

「鍵、開けてきます」
 本を借りたいのなら借してあげる。わたしは学校司書なのだから。
< 38 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop