それでも僕が憶えているから



《2》


8月の空は、目に染みるほど濃く青い。
病室の窓から遠くに見える海が、銀紙を貼りつけたように光っている。

それをぼんやりとながめていたら、後ろから窺うような声がした。


「お花、もしかして枯れてる?」

「えっ……あ!」


ハッとして自分の手元に目を落とす。
水を入れ替えるために花瓶を持ったまま、ぼうっと突っ立っていたのだ。


「いえ、枯れてないです。水替えてきますね」


おばさんに笑顔を見せて、わたしはそそくさと病室を出た。


東京に行った日から3日。
気づけば今みたいに、意識があの日に飛んで呆けてしまう。

……しっかりしろ。

わたしの役目は、ホタルの目的が無事に果たされるよう手伝うこと。

そうして一日でも早く、蒼ちゃんの中からホタルに消えてもらうこと。

すべては蒼ちゃんを守るために、わたしはあいつと関わっているのだから。

それ以外よけいなことを考える必要はない。と自分に忠告しながら、花瓶の水を入れ替えた。

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