それでも僕が憶えているから



《3》


JRと私鉄を乗り継いでお祭り会場の最寄り駅に到着すると、そこは身動きもできないほどの人だかりだった。

埠頭へと続く道にはびっしりと人の後頭部が並び、数秒に一歩のスピードで動いている。

割りこんだり流れを乱したりする人はなく、秩序を保ちながら移動していくその様子は、工場のベルトコンベアを連想させた。


「潮の匂いがする」


意外にもおとなしく人波に乗って歩きながら、ホタルがつぶやいた。


「潮? ああ、海の近くだからね」


そう答えたものの、正直言ってわたしには潮の匂いなんか全然わからない。
わかるのは、前方から風に乗って流れてくる焼きトウモロコシの匂いくらいだ。

ホタルって鼻がいいんだな、と妙に感心した。


お祭り会場に到着すると人がばらけて、ようやく身動きが取れるようになった。


「花火まで少し時間があるから、屋台を見て回ろっか」


スマホの時計を見ながら声をかけたわたしは、返事がないことに気づいて視線を上げた。
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