それでも僕が憶えているから




《3》



別に何かを失ったわけじゃない。

ただ、もとに戻るだけなのだ。




「起きてる? 真緒」


ドアをノックする音が聞こえ、部屋の外からお母さんの声がした。わたしは「うん」と返事をしながら、壁にもたれていた体を起こす。

まだ20時過ぎ。さすがに寝ている時間帯じゃない。

だけど“起きてる?”と聞かれてしまうほど、わたしの部屋からは物音ひとつしないのだろう。


「静かだから寝てると思ったわ。何かしてたの?」


開いたドアの隙間から、お母さんが遠慮がちに顔をのぞかせた。


「ああ、うん。本読んでた」


ごく自然に嘘が出てくる。本当は、何をするでもなく、ぼんやりと時間をやり過ごしていたくせに。

最近はいつもそうだ。よけいな感情が出てこないよう、ただ漠然とした日々を送っている。

ホタルと決別した2週間前のあの日から、ずっと。
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