それでも僕が憶えているから
Chapter.5 ただひとつの恋



《1》


間違っているのかもしれない。
愚かなことなのかもしれない。

だけど、今すぐホタルのところに行きたい――。

わたしの感情がそう叫んでいた。






    * * *  



市街地のはずれに建つマンスリーマンション。3回続けて鳴らしたチャイムの返事はなかった。

廊下の手すりを打つ雨の音だけが断続的に響いている。


「留守……」


わたしは濡れた肩を落とし、玄関の前で立ち尽くした。

生まれて初めておじいちゃんに反抗したのが数時間前のこと。勢い任せにタクシーを飛び出して、どれだけ走っただろう。

誰にも見つからないよう注意しながら、ようやくたどり着いたのが凪さんのマンションだったのだ。


「どうしよう」


タイミング悪く凪さんは留守らしい。でも、他に行くところなんかない。事情を知らない千歳に頼るわけにもいかないし。


【真緒、今どこ? さっき真緒のお母さんから電話があったよ。なんか、すごく探してるみたいだったけど……】


オフにしていたスマホの電源を入れると、千歳からそんなメッセージが届いていた。

< 297 / 359 >

この作品をシェア

pagetop