リリー・ソング

「あ。ごめんなさい。」
「ごめん。」

私と深夜の声が重なった。榎木さんは苦笑を浮かべて後ろ手にドアを閉めた。

「僕はいいですけどね、初日を大成功させてくれるなら何でも。」
「はい。」

素晴らしい音楽を聴かせてくれるなら、新しい曲ができるなら、コンサートを成功させてくれるなら。
榎木さんはそういう口実を差し出して味方でいてくれる。私たちができるのは、それを現実にすることだけだ。榎木さんのために、自分たちのために、生き延びるために。

「準備はいいですか、そろそろですよ。」
「うん。いいコンサートにするから、楽しみにしてて。」

榎木さんが大きく頷いた。そのいくらか強張った顔つきを見て、私はふっと自分の中で何かがほどけるのを感じた。なんのことはない、榎木さんが一番緊張している。

「心配しないで。楽園に連れて行ってあげる。」

そう言って私は立ち上がる。
深夜がエスコートするように恭しくドアを開けた。

さあ、ステージが待っている。ドーム一杯の人達が。

舞台袖では、今日から一緒に全国を回ってくれる、バックバンドのメンバーがスタンバイしていた。私自身が把握しきれるだけの音しか鳴らしてほしくないと言ったから、深夜が小編成に全ての曲をアレンジし直してくれて、人選してくれて、リハーサルもみっちりやったから、もう一体感がある。
これだけのプロフェッショナルな人達が私のためにスケジュールを空けてくれている。成功以外の選択肢はない。それが私の役割だと思う。歯車のひとつとして。
< 101 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop