リリー・ソング
「ちょっといい?」
言いながら、秋穂さんはそのまま入ってきて、テーブル越しに向かいの椅子を引く。
「あ、はい…」
「今日は深夜はいないのね。」
「はい。今ちょっと…忙しくて。」
「そう。まあ、ちょうどよかった。」
相変わらずトレードマークの黒髪ボブがつやつや輝いて、きっちりアイラインを引いた秋穂さんは、私なんかよりよっぽどステージ映えしそうだった。すごくアーティストっぽかった。
「本番前に話しておこうと思って。私ね。…深夜と別れたの。」
「え?」
私は持っていたペットボトルを取り落としそうになった。
「驚くんだ。変な兄妹ね。」
「あの…」
なんて言えばいいのかわからない。
秋穂さんがどんなに深夜のことを好きだったか、知っているつもりだったから。
「これ以上は続けられない、って言われたわ。」
「あの…それ、いつの話ですか?」
「一昨日かな。」
そんな最近。深夜はずっと家にいたはずなのに。
「酷い話よね。電話一本よ。人のこと、利用するだけしといて。結局孤独に戻るのよ。あんな奴、くたばれば良い。」
秋穂さんが笑って言った。
…深夜と秋穂さんが付き合いだしたのは、いつだっけ。
私が、歌詞を書いて…benthosができた頃。
たぶん、深夜は、このままじゃいけないと思ったんだ。
このままでは私を愛してしまう。
だから秋穂さんを受け入れて…シェルターにしたんだ。
「まあ、続けられないのは私も同じだったのよね。あんな一方的な恋愛関係、無理よね。私ばっかり、つらかった。」