リリー・ソング
うさるいな、と言うように横目で運転席を睨んで、紺は続けた。
「…でも、俺はアイドルだし、今ここでキャリアを諦めるわけにはいかない。」
「うん。」
「それに、リリーは俺を好きにはならない。そうだろ?」
言いきった声に悲壮な響きは全くなかった。
そう。
それに、紺は私がいなくても進んでいける。
私をまっすぐに見つめる紺の大きな両眼を見て笑った。
「でもね言っておくけど、私、あの撮影の時がファーストキスだし、今のが人生で二度目よ。」
「げ。嘘だろ。もうけもん?」
「謝るところです。」
「はい。ごめんなさい。」
三枝さんの冷たい声にズバッと突っ込まれて、紺がしおらしく謝った。
「いいの。ありがとう。」
「ありがとうはおかしいな。」
「そうですね。この人と付き合ってると感覚が麻痺してきますよ。自分を大切にして下さいね。」
紺と三枝さんが口々に私を心配するけれど、私はやっぱり、ありがとうと思う。
紺にキスされたことも、抱きしめられたことも、きっと嬉しくて暖かな思い出になる。
三枝さんがマンションの駐車場まで車を入れてくれた。
遠回りをして、私たちに時間をくれていた。
「ありがとうございました。…あの、私も榎木さんに頼んで、マスコミにFAX送ります、手書きで。私はアイドルじゃないし、うちの事務所はそこまで大きくないから、私のほうが文面も自由がきくと思うんです。」
「ああ、こういうのは初動が肝心ですから。そうして頂けると本当に有り難いですね。」