リリー・ソング

使えたら良かったけど。
実際はもっと、必死で、ギリギリで、綱渡りな力技だった。

「ごめんね、榎木さん。」

現実なんて、そんなもの。
魔法みたいにうまくはいかない。
深夜の中で全て踏ん切りがついたわけではないことは、一緒にいればわかる。
榎木さんには迷惑をかけてしまうし。

「…いいんですよ。」

スケジュール帳をぱたんと閉じて、榎木さんが私の顔を見つめて笑った。
きっと全部わかっているんだ。こんな私たちに口を出さずにいるのはストレスだったに違いないのに、ずっと黙って任せてくれていた。
笑顔に包み込むような優しさを感じて、安心した。

「…私たちって面倒くさいでしょう。」
「そうですねぇ。でも乗りかかった船ですから、最後までお付き合いしますよ。」
「…最後っていつだろう。」
「さあ。」

榎木さんは肩を竦めて笑った。

「でもまだ、始まったばかりじゃないですか。」

うん。
榎木さんはいつも正しい。

「僕は結局、お二人のファンだから、これから素晴らしい音楽を聴かせてもらえるなら、何もかもしかたないと思ってしまうんですよ。これも病気ですかね。優先事項が世間とは違うかもしれないですけど。」
「うん…」
「何があっても僕は味方ですから。なんておじさんが恥ずかしいことを言ってしまいますけど。」

照れ隠しの、茶化した口調だったけど。
言っておかないといけないと思ったから、言ってくれたんだろうな。

「なんか、榎木さんてね。お父さんみたい。私、お父さんていたことなかったからわからないけど。」
「僕、独身なんですけどねえ…ま、それもいいかもしれないですね。」

甘えてくださいよ、なんて言ってから、榎木さんは早く治して下さいよと念を押した。
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