ばくだん凛ちゃん

◆ 透 ◆

「長い間、お世話になりました」

僕は深々と頭を下げた。
7月31日、今日で紺野総合を退職する。
6年と少し、ここにいたことになる。

「色々とありがとうございました」

黒谷先生、泣きながら僕に花束を渡す。

「そんなに泣いたら僕が若林先生に叱られます」

微笑みながら言うと黒谷先生は頑張って笑ってくれた。

小児科の看護師長の河内さんも涙ぐんでいる。

忙しかったけれど、最後にこうして送って貰えるのは幸せだな、僕。

「透先輩、ありがとうございました」

速人が手を差し出す。
珍しい事もあるもんだ。
僕が大学病院を去る時はこんな事、なかったのに。

「こちらこそありがとう、速人。
一緒にこちらに来てくれて本当に感謝しています。
大学病院では2年、ここで6年ちょっと、一緒に仕事が出来た事を幸せに思います。
本当にありがとう」

僕は速人の手を握りしめる。

「先輩〜…」

お前が泣くなよ、速人。
周りはギョッとした顔をしているぞ。

「ほら、しっかりして。
僕がいなくてもお前はしっかりとやっていけるスキルが身に付いている。
後は頼んだよ」

それ以上話をすると僕が泣きそうになる。

哲人以上に一緒にいたからね、速人。

大学から今まで、色々と絡んでくれてありがとう。
楽しかったよ。

「透先生が珍しく泣いていない」

ナースの誰かが言った。

「僕も年がら年中泣いている訳じゃないですよ」

笑い声があちこちから上がる。



今日は定時で終わった。
自分のロッカーの荷物をまとめ、鍵を総務へ返した。

病院を出て駐車場へ。

一度立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

6年、色々な事があった。兄さんに呼ばれてここに来る事になり。
役職も部長まで上がった。
色々な経験をさせてもらった事には感謝している。

そしてハルにもここで再会した。

今後はバイトで当直に入るくらいしか関わらないけれど。
やはり去る時は寂しい。

小児科のある6階部分を見つめる。

あの子は喘息、今晩出ないといいな、とか今まで受け持っていた子供達の事を思うとその景色がボヤける。
右手で目元を押さえた。

そして大きく深呼吸をして前を向く。

そう、振り返ってはいけない。
僕の担当していた子は全て速人に任せた。。
速人なら大丈夫だ。

明日からはまた別の子供達を診ていくのだから。

僕は前を向いて進むしかないんだ。
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