ばくだん凛ちゃん
車はゆっくりと動き出す。

「…至と透が小さい時は本当に時間がなくてね。
俺、一緒に遊んだ記憶もない」

車が地上に出たときにはもう辺りは真っ暗だった。
LEDの街灯が道を照らす。
そんな風景を見ながら私はお義父さんが唐突に始めた話を聞いた。

「至はともかく、透は本当に寂しい思いをしていたと思うよ。
母さんは至に英才教育を施す事に必死。
親戚と張り合う為にね。
透はね。至と遊びたかったみたい。
至もまあ、歳の離れた弟が出来て嬉しかったのにね。
母さんに二人とも毎日叱られ、透はいつの間にか自分の気持ちを隠すようになった」

私はじっとその話を聞く。
何となく透やお兄さんから小さい時の話は聞いたことがあるけれど、あまり詳しくは知らない。

「小さいのに人の顔色を窺って今、自分が話していいかどうかとか。
大人でも出来ない人が多いのにそれを幼稚園の時からしていたんだよね。
家族全員が透の精神を見殺しにしたようなものだ。
…本当にかわいそうな事をした」

それは私もよくわかる。
透は常に相手の事を考えて動いている。
でも、それは無理をしてやっている事じゃない。
ごく自然に。
きっと元々の性格がそうなのだろうと思う。
時々、自分の中で消化しきれなくなって爆発しているけど。
この前みたいに。

「俺もね、確かに仕事が忙しかったんだけどね。
母さんの束縛にも辟易していたところがあってね。
つまり、その…」

「愛人ですか?」

あ、ストレートに言っちゃった。

「ああー…、うん。外に安らぎを求めていたところもあって。
子供たちの事にも真剣に向き合わなかった。
母さんが勝手に物事を進めるしね。
…本当によく家庭崩壊しなかったなって思うよ」

崩壊していたらきっと私と透は出会っていないと思う。

「だから成長するにつれて親の言う事なんて特に透は聞かなかったよ。
自分の学力を無視して適当に高校や大学を受けるんだ。
わざとしていたと思うんだけどね。
親に恥をかかせてやろうと思っていたんじゃないかな。
まあ、それでハルさんと出会えたから透にとっては良かったんだろうけど」

高校の話は私、よく知っていますよ、お義父さん。

「透、高校では特別扱いでしたよ」

と私が言うとお義父さんは苦笑いをして

「実は学費免除になっていた、頭が良すぎて」

と言った。

「…羨ましい」

思わず出てしまった言葉にお義父さんはますます苦笑い。

「ただ、大学も少しランクを落として地方に行ってしまったからね。
もっと上に行けたのに。
…至から聞いたけど、それは透とハルさんを無理やり別れさせたからだと言っていたよ」

「…え?」

私はてっきり、向こうに何か友達か親戚でもいてあの大学に行ったと思っていたのに。
実際、水間さんは地元が向こうだし。

「この辺りの国立大でも良かったのに、地元は辛い思い出が多すぎて…。
一人になりたかったらしいよ。
自分の本当に大切な人が自分の元から去り、更に親友が亡くなって。
あの時、透がよく耐えたなと思う。
自殺するんじゃないかと冷や冷やしていたよ。」

「そうなんですか…?」

「透は何も言ってないのかい?」

「はい」

大学時代の楽しそうな生活は聞いたことがあるけれど、受験の事などは聞いたことがない。
…K大に行ったのは私との別れも理由の一つになるのね。
あの時、いくらお義母さんから言われたとはいえ。
別れを突き付けたのは私から。
しかもお互い大好きなのに、別れようって。
透を目茶苦茶に傷つけてしまった。
大切な大学受験寸前に。
それはずっと私の中でも深い傷となっている。
だから、透と再会した時に色々と拒めなかった。
もう一度、付き合う事も。
…すぐに体を許した事も。
ずっと私が透を心のどこかで気にしていた…好きだったというのもあるけれど、それだけじゃない。
どこかで申し訳ないと思っている自分がいる。

「そうか、透らしいな。
だから凛にはそういう思いをして欲しくない。
とはいえ、父親の透が忙しいのも十分わかる。
その代りと言っては烏滸がましいが、ハルさんや凛の役に立てたらいいなと思っている。
それが透へのせめてもの償い」

お義父さんはお義父さんで悩んでいたんだなあって思う。

そんな会話をしているとあっという間に家に着いた。

「今日はありがとうございました」

車をガレージに入れてからお礼を言うと

「何、大したことはしていないさ。
またいつでも困ったことがあれば言いなさい」

と言ってお義父さんは1階の家に入っていった。
私も凛をしっかり抱っこして2階に上がった。
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