スノー アンド アプリコット
プロローグ

里中杏奈(さとなかあんな)が、近所に越してきたのは、俺が中学2年、アイツが高校1年になる、春のことだった。

俺が通っていた金持ちが集まる私立の小中高一貫校に、杏奈は高等部から編入してきた。

アーモンド型の大きい瞳にサラサラした長い髪、全体的に身体は細いのに、胸が柔らかく膨らんでいて、可愛いと有名なうちのセーラー服が、死ぬほど似合っていた。

「あーアンタ、嶺山(みねやま)学園の子? 中学? 高校と敷地一緒でしょ? 後ろ乗っけてってよ。」

始業式の朝、自転車で追い抜こうとした俺を呼び止めて、杏奈は清楚な外見におそろしく似合わない不遜な喋り方で、俺に声をかけた…もとい、命令した。

ズキュン!! と漫画みたいに俺は自分の心臓が撃ち抜かれた音を聴いた、間違いなく遅い初恋だった、今まで子どもなりに惚れた腫れたの事情に巻き込まれていてはいたけど、そんなものは恋ではなかったんだ!!
俺は一瞬にして知った。恋を。世界が薔薇色に輝いてしまう目の覚めるような恋を!

「…いいけど。」

俺は"東条総合病院"の跡取り息子、東条雪臣(とうじょうゆきおみ)だ。

この生まれと、美形っぷりと相まって、初等部にいた頃から学園じゅうに名前が知れ渡っていて、いつの間にかファンクラブまであった。
当然のように人気者として学園生活を謳歌していたから、こんなふうに俺に命令する奴に今まで出会ったことがなかった。

だけどプライドが傷ついたりなんかしなかった。
学園に向かう満開の桜並木を、後ろに謎の美少女を乗せて颯爽と走り抜けるのは、むしろ鼻が高かった。

正門の前で自転車を止めると、杏奈は名乗りもせず、お礼も言わず、「じゃあねー」とだけ言って軽やかに降り、カゴに雑にぶち込んでいた鞄を掴んだ。

「待て待て!」

俺は慌ててその手首を掴んだ。中学生の俺の俺の指も余るくらい、細かった。

桜吹雪の中振り返った杏奈の、息を呑むような可憐さを、俺は一生忘れないと思う。

「何よ。」
「………」
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